« 「てーげー」がいいという強者の欺瞞 | トップページ | 天然を必然にして数値化したヒト~松任谷由実 »

2013年8月 8日

母の人生。僕の人生。

ちょっと前に、女性の生理関係のことがネットで話題になっていた。デリケートな内容で、男子の僕は口出ししていいものかどうか迷ったのだが、結局、そのときは口を出すのをやめた。その後、時間も経ったので、ちょっと書いてみようと思う。

うちの母は生理が大変重く、子供心にも毎月毎月ホントに見るに忍びない状態だった。痛みだけでなくあらゆる体調が悪くなって、精神的にもひどいようだった。仕事を休み寝込むのは当然として、嘔吐したり泣いたりするなど、こちらにもリアルにその苦しみが伝わってくるくらいの激しさだった。今思い返すと、それは父との関係によるストレスも大きかったように思うが、実際に身体も大変だったのだろう。看護士だった母にとっては、さぞかしつらいことだっただろうと思う。
幾度かの受診(かつての職場)の末、何がしかの内臓関係の不具合が判明し、懇意だった院長の勧めもあって遂に手術を決意(母は詳しく言わなかったので判らないが)、どちらかの臓器を採ってしまった。入院の前、母は毎晩泣いており、父が慰めていた。ひどい父ではあったが、それでも慰める相手は母にとって彼しかいないのだと思うと不憫だった。
それがちょうど中3の時で、父も母も病院に付きっ切りになったので、家での僕に自由時間がたくさんでき、それまで観なかったTVドラマをたくさん見るようになった。それが「僕の故郷は多摩にある」になったのである。
ずっと共働きだったので、退院後、母がしばらく家にいたのは嬉しかった。ちょうど受験期だったけど、早く帰宅して母との会話を楽しくしたものだ。

術後の母はどんどん健康になって行った。病弱が代名詞みたいだった母は、まったくそうではなくなり、嘘みたいにすこぶる丈夫になり、それにつれて発言力や行動力も増していった。月一の苦痛にも煩わされることがなくなり、それもかなり大きかったように思う。近年の母は(70代だが)、丈夫で凛としたカッコいい女子、というイメージで、若い子からもそう言われると言って喜んでいる。背が高く、見た目もそうなってるのもかなり要素としてでかいのでは。まあムスコとしても、それは嬉しくないことはない。あんな病弱だった母に、こんなに生命力があったことには驚いたけど、反対に、元気な父が倒れて施設入りするとか、ヒトってのは判らないものだなあ。

知人女子が先日、月一の苦痛について僕に話してくれた(話しやすい相手なのか、僕はよくそういう相談をされる)。聞いた症状が、母に劇似(年齢もちょうど一緒だった)だったので、母の手術と、その後の嘘みたいな健康について話し、家族が手術を進めるのであれば、応じてみるのもいいのではないの?と言った。彼女の息子も、ちょうど当時の僕と同じ年齢だったのもある。そのアドバイスが適切なのかわからないけど、彼女のこの後の人生がよくなるのであれば、いいなと思う。女性としてどんな気持ちか、までは僕も当事者的には判らないけど。

僕の故郷での人生は、精神的に不安定な両親と、それプラス身体的苦痛を抱えていた母、というダブルの抑圧みたいなことがあって、そんな日々の生活を毎日どうやってサバイバルするか、というのが最大のミッションだった。常に親の顔色を伺って過ごしていたし、どっちかの空気を常に読んで、うまく立ち回るよう気遣った。その習慣は今も残っており、だからこそこんな性格になったんだろうと思う。
ストイックな音楽性や田舎モノ嫌い、お笑い好き、審美眼など、そんなソフト関係の感性は、全てそんな両親と付き合う過程で培われたものだと思う。僕はよく、他人や共演者に緊張感を与える、と言われるけど、それもそんな両親から受け継いだ感性だろうと思う。僕の中にあるのも常に緊張感だからだ。感情を滅多に露にしない、とも言われるけど、それは両親を反面教師にしたことから身に付いたものかもしれない。もしくは「心が死んでた」のかもしれないけど。だからこそ、僕にとって「生きたい」と思うことは、すごいことなんだよね。


以上です。
さすがに自分の家庭のことを赤裸々に書くことは抵抗があった。全員存命ですし、母にとっては今だって、このことは心が引き裂かれるような思いかもしれない。でも、この記事を検索で訪れて読んだかたが、何かの参考になったりするのであれば、少しでも意味はあるかもしれないと思って、そんな母を持った子どもの立場として、当時を思い出して書いた。そんな僕の気持ちも理解いただけたら嬉しいかな。と思う。

|

« 「てーげー」がいいという強者の欺瞞 | トップページ | 天然を必然にして数値化したヒト~松任谷由実 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 「てーげー」がいいという強者の欺瞞 | トップページ | 天然を必然にして数値化したヒト~松任谷由実 »