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2013年4月 4日

「てーげー」がいいという強者の欺瞞

何度も書いた気がしますが、詐欺師や横暴無礼な人間は、まあ居るのはしょうがないとして、そういう人間に対して何も言わないのが、こっちの人々の(特に立場ある人の)一番の問題点だと、これは一貫して5年くらい思い続けています。

陰で悪評三昧の人の話題を振ると、たいていは「そうなんですよねー、でも何故か、しぶとく活動しているのですよねー」などという答えが必ず返ってくる。いやいやいや(笑)、そう思うならまず貴方から、そういう輩を使うのをお止めなさいよ、と思うわけだが、誰も率先して「もう詐欺師とは関わらない」と言わないわけです。

私が一番問題点にしてるのは、その輩の「プロフィール」です。そうしてみんなが黙認してるうちに、その輩どものプロフィールには、次々に自分のやった「偉業」が書き加えられていくのですよ。何も知らない人にとっては、そういう資料で読めるプロフィールと仕事で人物を判断するしかありません。質や人間性は、それでは判断できないからですね。

以前、自分がやった過去不本意だった仕事について、僕が自分の経歴に加えるのを躊躇していたところ、ある知り合いから「不本意でも上手くいかなくとも、やった仕事はやった仕事なのだから、自信を持って加えるべきです」と言われたのです。確かにそのとおりだな、と思いました。
これと同じことを悪用しているのが、そういった詐欺師や横暴な輩どもであると言えます。質や評判は一切気にせず、どんどん経歴に加えていくから、見かけ上の「戦果」が増えていくわけかー、と妙に納得したわけですね。失敗しようが内容が酷かろうが「やった」という事実は事実である、と。その質が判らないまま、どんどんポイントだけ上がっていく。それが「見かけ上の」信用になり、ますます被害者が増える、という悪循環になります。誰かが、この循環をストップさせなければ、永遠に続くのですね。


移住してしばらくの間、僕はココが、沖縄みたいに寛大で「てーげー」な土地柄で、ゆるく成り立ってるのは(個人的に好きじゃないが)悪くはないなあ、などと思っていました。しかし、じっくりいろいろ話してみると、みんながいろんなことについてけっこうな不満を抱いているのがわかりました。
それがわかったとき、県や市や国、という大きなものに対していろんな不満はあるのは、まあやっぱりそうだろうな、とは思いましたが、詐欺師や横暴な人に対しても実はそう思ってるんだ、と知ったのは、実は割りとショックだった気がします。それまでは、そういうのを大らかな気持ちで許すのが土地柄気質だと思ってたからです。
しかしそうではなかった。大らかな土地柄なのではなかった、そういう空気を利用して横暴なことをする人々に対して、気が弱いから文句を言えなかっただけなのだし、メンドクサイから、同調圧力があるから、など様々な理由で、不本意ではあるけど放置してただけなんですね。
ただし、さすがに度を過ぎると行動を起こすというのも聴きました。その行動とは「黙って去る」。それが、こっちの人のやりかたである、ということです。そうして徐々に遠巻きにしていく。これは逆に、とても残酷なやり方だと思いましたし、そうすると前述の「プロフィールに戦果ポイントが増えていく」という状況は改善されません。だから、どんどん新たな被害者が現れるわけです。情報は内輪だけで共有し、身内の恥と考えヨソモノには漏らさない、新たな被害者のことは知らぬ、ということなんですね。被害者が出るたび「あー、またやられたか」と噂してるのもよく聴きました。そこまで判ってるなら、何故、被害が起こる前に忠告しないのか?と、憤りすら感じます。

実は、こういう悪行は悪人だけがやっていることではありません。意外に、文化人と称する人々や知識人もしてしまっていることがあります。僕自身の経験ですが、僕が以前出演してたライブバーのような場所が、実は防音対策も何も一切やっていなかった(!)、ということがあります。開店してから「ライブもやってみたくなった」というのとは違うのです。最初からライブもするつもり満々なのですね。なのにそういった処置を施していない。
自分も出てたから偉そうなことは言えないのですが、やっぱりこれも、最初は僕は、大らかな土地柄だから菓子折りでも持って「すいませんね」と言って済んでるんだと思っていたのです。しかし実際はそうではないのですね。恐らく周囲の住民はハラワタ煮えくり返ってたことだろうと思います。店主は「いや、周りにもご理解いただいてます」と言うかもしれませんが、そういう不満をはっきり言うような人たちではないと僕は思いましたし、ある一軒は危うく訴訟沙汰になりかけた、という顛末でした。
人であれば、避けて遠ざけることもできます。しかしこういった、店や施設というものは、大概、あとから越してきて開店しますから、そうすると住民は逃げられません。それに、騒音ならともかく、それが「音楽」であれば、文化に協力、という名目で、文句も言いづらくなるわけです。その辺は実に巧妙なんですね。そういう「悪気のない」横暴は、そこここであると思います。この辺は自分も含め、常に気をつけておくべきことです。「大義名分」という恐ろしい同調圧力というものの存在を、しっかり認識しておくべきですね。

「てーげー」でおおらかな土地、というのは、言い換えれば、何があっても懲りずに声や態度の大きな人間が、おとなしい人々を踏みつけにして「大らかな土地だから」と言い張って好き放題してる、ということでもあるということです(ジャイアニズム)。

この件については今後も引き続き、しっかり見守って行きたいと思います。


PS
そういえばよく「芸術家はお金に疎い」などと言いますが、これも搾取する側が「そうあって欲しい」と願っているから、そのほうが都合がいいから言っているに過ぎないのですね。そうして芸術家側もいつしか、そういうものだと思い込まされてしまってる部分もあると思います。「てーげーがいい」というのも、それでいいのだ、と住民がいつしか思いこんでしまった結果なのかもしれません。しかしその裏では、それを利用したり搾取している輩が存在していることは、決して忘れてはいけないことだと思います。

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