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2013年2月14日

微笑みのない国

前回の「社交辞令の国のヒト」の続きです。

いま街ではランタンフェスティバルというのをやってて(九州弁で言うと”あってて”)、大勢の他県のヒトが来訪してる。そんな流れで、知り合いと接客の話になり、思い出したことがあるので、書いておこうと思う。

僕が6年前、こっちに来てびっくりしたのは、接客の人がみんな笑わないことだった。本人は一生懸命接客してるようなのだが、みんな顔が笑ってなくて。僕は、こう見えてw 当時はけっこう愛想のいい人だったので「お客として」買い物したときにも、ちゃんとお店のヒトに対しても微笑んで「ありがとうー」と言ってたのだ。でもこっちじゃ、そう言って笑いかけても反応がない。そういうのが続いて、自分は嫌われてるんじゃないか、と思うようになった。そうして何年も経ち、僕も笑わなくなってしまった。このように、表情を失くして行くヒトが、実は多いのかもしれない。

だんだん笑わなくなってくるのかも、ということを思ったのは、去年こちらで大学生や若い人たちと多数触れ合う機会があって、そうしたところ、みんな表情豊かでニコニコ笑っていたのを見たからだ。しかし、こういう人たちは町の一般の店、コンビニ、ドラッグストアにはいないのだ。異なる人種で棲み分けされているのか。もしくは、徐々に表情を失って行くのか。その辺はわからない。

ともかくそれが。こっちの人は接客でも笑わないんだなー、というのが、この街に関しての、僕の第一印象だったのだ。


このように書いてると、それは前回のエントリーと矛盾するんじゃないの?と思われるだろう。
僕もそう考えて、どういうことだ??と考えてみた結果、以下のような仮説が導き出された。


実は、6年間住んで、ひとつ気付いたことがあるのだ。そういったお店の人たち、知り合いになら微笑んで返す、ということだった。店の知り合いになると、ニコニコするんだよね。ああそうなのか、という感じはした。
つまり僕のイメージとしては、「店の人にとって特別」な人には、愛想振りまく。例えば、知り合い、お金使う人、仲良くしておくと自分にとって有利な人、有名人とかもろもろ。つまりここでも、前回書いたような「調子がいい」というのがキーワードになってくる。

つまり、僕が「調子よく扱われてた」頃は、僕自身がお店のヒトや、話す相手にとって「何かの利益があった」ヒトだったのではないか、と。僕のたたずまいや立場、態度なんかに、そういうオーラがあって、相手は僕に調子よく振舞って「くれてた」のではないか、と思ったのだ。それならつじつまが合う。そして、実際に僕が、その相手にとって、さして有益ではない、とわかった時点で、もしくは、メンドクサイと思った時点で去ってしまうわけだね。そこで僕は「最初のニコニコした態度はなんだったの?」と、憤りを感じることになる。それが、「ずいぶんみんな調子がいいじゃないか」という印象に繋がったということだね。そう考えると「なるほどですねー(こちらの言い回し)」と思ったね。

観光客にも凄い親切、というのは、ここに繋がるんだよね。街の印象をよく思って欲しいから。「ホントのお客さん」だから。つまりひっくり返せば、自分の顔見知りでもない「普通の街のヒト」は、ただの内輪で、「お客さん」ではない、という考え方なのかもしれない。そういう考えは、突き詰めると、自分の家族や隣人はどうでもいい、遠くの被災地が大事、という考えにも繋がっていくような気がする。


僕は子供の頃に、そういう風な基準で、自分が散々、親や他人から邪険に扱われた経験をしてるから、そのような扱いは今でも、すごく「不当に」感じるし、だからこそ、基本的にそういう区別がない、都会やホテルの接客が、スゴク好きだったし、マックみたいに、日本中どこに言っても、マニュアル化されている接客が、一番優れたシステムだと思っていた。今もその価値観はかわらない。それが僕の「ホテルマン」としての、ポリシーだったから。
だから、そのように、相手によって態度が変わることについて、納得できなかったんだと思う。
(いろいろ参考に→ 都会と田舎の比較の話が出るととりあえず絡みつく / 24時間残念営業


そういえば、去年の僕の新曲「愛と平和の街」の中に「笑いかけて~スマイリング」っていう部分があるのだけど、それって、このことを歌った歌詞だよね。気付いてなかったけど。もちろんアメリカンインディアンの教えや、ビーチボーイズのスマイルのこともあっただろう。でも、そもそも、その歌詞を書こうと思った根底には、こっちの人たちが、みんな微笑んでくれなかった、という経験があったからなんじゃないか。そんなことを思ったわけだね。

深いね。


愛と平和の街。

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