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2011年12月18日

TV局バイト時代の話

僕は東京のTV局のうち、T○Sと○テレという2局に仕事で関わったことがあります。T○S時代は、管理係だったので、機材の管理をしてただけだけど、それでも、数え切れないくらいの俳優さん、タレント、アイドルに会ったことがあり、逆に多すぎて、「○○には会った?」って訊かれないと、思い出せません。

まあそんなことはいいのですけど、そのT○S時代のことで一番の出来事。

僕の上司となった人は、筋金入りの職人で、本当に厳しい人でした。昔からの職人なので、もちろん、理不尽さも最上級。なんでも「命令」で、口答えとか、「どうして?」などという質問も許されませんでした。ともかく、言われたことをやること、それだけが僕の仕事でした。


その上司が、ある日言ったわけです。

「あんたさあ、鼻悪いね?それ、治してくれる?」
「鼻すすってたりさ、くしゃみとか鼻声もウザイから。上の診療室行ってさ」

とね。

これは強力でした。確かに言うとおりでしたし、親からも言われたことはありますけど、親に逆らってた僕は、「ケッ」とか思って、言うことを聴かず、放っておいたわけです。

しかし、上司命令では逆らうわけには行きません。何も言えず、行きましたよ。

そして結果として。

治ったわけです!!!

それまでの疲労感や、酷い声、歌い方、話し方、全てが直りました。

違う人間になったようなんです。
本当にびっくりしました。

それ以降、僕は定期的に耳鼻咽喉科に通うようになり、呼吸器系のケアに常に気を使っています。
お陰で、声もずっと変わらず歌えてるんだろうね。すごいことだね。


僕の人生、様々な軋轢や理不尽さは耐えなかったし、ストレスそのものの人生だった気もするけど、そんな中からも、こうして、得がたい経験をちゃんとし、人生の意味に繋げて行ってるわけだよね。

当時も今も、その上司は「しね」くらい思ってますけどw
しかし、この件に関しては、命の恩人だと思ってる。それくらいでかい経験だったということです。

殺したいほど憎かったからこそw それくらいの存在にも成りえたってことだよね。
僕の人生、常に敵に囲まれてナンボ、って気がするね。

ははは。

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2011年12月14日

小林建樹とエロビデオ屋

「祈り・小林建樹」については強力な思い出がある。

ライブ活動が終わって夢破れてヒキコモリしてた頃、西新宿にエロビデオ屋が集合してる地域があると知って、そうなのか、おもしろそうだな、行ってみようと思って、すごい汚いカッコして行ったのね。

そうしたらもう、あらゆるジャンルのAVが集合してて、あちこちの店とか、ビル1棟全部がAV店だったりとか、ともかくすごくて、すげえなすげえな、とか思って物色してたらさ、店員が「お客さん、スカなんかどうっす?」とか尋ねてきてさ、一瞬「スカ?」とか思ったけど、そっかスカ○ロのことか!と思って、人生長く生きてきて、お店の中で店員に「スカ○ロいかがっすかー」みたいなこと言われるって、そうそうないぜ、とか思って感動してさ、そんなこんな、いろんな刺激的な空間でね、ああそうか、音楽なんか辞めてしまえば、ヒキコモリとかガテン系の仕事デモしてさ、こういうもん毎月買って、世捨て人みたいに死ぬまで過ごしていけば楽しいんだな、って思って、それでいいや、楽しそうじゃん、とか思ったのね。

そんなこと思いながらボーっと店内うろついてたたら、有線からある曲が流れてきてね、それが、すっごいイイ曲なんだよ!そんでもう、目の前の山ほどあるエロビデオのパッケージ見ながら、「これはなんだろう?なんだろう?」と思って、もう完全に耳がその音楽に惹かれて、エロビデオとかどうでもよくなってさ、これはすごい、すごい曲だ、何なんだこれはー!!?、と思いながら、その場で立ち止まってフルで聴き終えた。

そんで店出ても感動が収まらなくてね、「まだ日本に、こんないい曲がある。こんなイイ曲を書く奴がいる!まだ日本は大丈夫なんだ!これからも大丈夫なんだ!」って凄く思ってね、僕も音楽なんか辞めようと思わないで、やっぱりちゃんと続けていこうよ!って思って、凄い勇気が出たのね。

その後、ケーブルテレビのMTVで、この曲が、小林建樹の祈りという曲だと知った。
そのあと僕は引きこもりやめて、次の製作に入ったの。

だから、この曲は僕を救った曲なんだよね。僕の人生の基本、エロと音楽が、こういう形で結びついて、僕そのものを救ったんだよね。ほんと。


追伸。
こっちに来てから、熊本の富永健太という奴と、Be7でタイバンになったとき、なんと彼が、この曲をカバーして歌ったのよね!そんで、オレ感動して、この話を彼にした。その後、彼とうちに来て、一緒に酒飲んだ。彼は朝に熊本に帰って行った。


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