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2010年3月22日

表現の責任

昨日、クラブジャズの人たちと興味深い話しをした。
音楽の世界も、クラシックだけじゃなくて今やジャズやロックについても「伝統を重んじる」人々が多い。それらの音楽をする人々の年齢が総じて上がってるからだよね。
下の世代はそれに辟易してる。押し付けや表現の制限、型に嵌められることにウンザリしてる。ぶち壊したい、自分ならではの表現をしたい、そして「それもジャズである」「ロックである」と主張したい。と。
僕も同じことを常々思っているので、そこはとても共感した。いまちょうど表現規制問題で盛り上がってるけども、この音楽に関しての問題は明文化はされてないけども、「威圧感」という見えない力で押さえ込もうとしてるのだから、似てる気もする。
ただ、ぶち壊したいとかただそれだけの衝動で音楽をしようとするとハードコアのパンクのようになってしまって、それは遠回りのような気がする、っていうのが僕の考えなので、いや、ただ壊せばいいなら、言うだけ言って終わりならそれでいいけど、その後まで続いていく何かを築こうとするなら、もうちっと別な表現方法模索したほうが結果的に壊して創る事になるでしょって思うから、結局僕のいいたいことは一貫していて、表現規制もその優先順位とかも、産むほうの人が自主的にすべてしなければならないってことなんだよねっていうことなんだ。それが表現したい人の義務でもあるでしょって。

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