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2010年3月31日

かもまゆ卒業ソング iTunes 配信!

年度末であります。

お別れ、新天地へ歩き出す方も多いでしょう!寂しさと期待と、いろんな気持ちが交差しますよね。そんな3月にぴったりの曲。唐津で活躍中の「かもまゆ」加茂麻由美さんの、卒業ソング「未来へ」が iTunesで配信開始されました!
http://itunes.apple.com/jp/album/id363956056


この曲は実は、去年の僕の番組「サウンド見聞録」でデモをご紹介したものなんです。この放送のために、わざわざうちでデモ録りをしていただきました!

今日は特別に、そのラジオ用デモ音源も含む、この番組を、皆さんにも公開しようと思います!

前日はシェボンゾのセッションがあって、夜遅くまで楽しんでいました。そんな翌日のハードななか、かもまゆさんに歌っていただき、出演いただきました。そんなんで、心なしか私が元気がないですが気にしないで、かもまゆさんの音楽を是非お楽しみくださいな。

かもまゆさんの音楽を聴いて、いろんなことを思い出す方も多いと思います。

僕自身の音楽もそうですけども、一瞬でも、そういう心の奥底のなにかの気持ちがこの音楽で一瞬でも蘇ってくれたら、そして、また明日から歩き出せるような、そんな音楽をこれからも皆さんに提供できたら、と思います。

音楽はすごいんだよね。

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2010年3月26日

粗食主義

最近は家飲みが多かったのだけど、昨日の生放送の後、ツアー後の挨拶まわりを兼ねてはしごして飲んだ。白い恋人と自分が出た新聞の詰め合わせおみやげは受けたので嬉しかった。

そんでホント久々に、飲んだ後ラーメン食って帰る、などというベタな事してみたのだけど、送別会シーズンってこともあるんだろうけど、まだ木曜なのに、結構な大人数の人々が、夜中12時過ぎにもかかわらずうろうろしてて、ラーメン屋に並んだりしてるのは、心底仰天してしまった。日本は景気が悪いはずではなかったの?よくわからないなあ。

あと思ったのは、どう考えてもそんな食生活健康に悪いですね、って。僕は久々だったけど、まあみんなも久々だったのかもしれないけど、これ普通の会社員で週一とかでやってたら死ぬわって思った。30代からは粗食にしてかないと、もしくは、いいものを少量とかにしないと、若者の感覚で「オトナ食い」してたらピザへの道まっしぐらよね。気をつけないとね。

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2010年3月23日

非コミュじゃない人々の底力

近所の場末感たっぷりのラーメン屋で食べてたら、上司とその部下っぽい男性1名女性3名が突然入ってきた。年度末決算かなんかの残業の途中で、いかにも晩飯おごるからさー的に連れてこられた感なんだけど、おいおい、この店はそういうところじゃない気がするぞー。明らかに場違いで、部下のほうはこりゃなんかまずいところに連れてこられたみたいな雰囲気になった。

でも店の雰囲気はあれだし、ラーメンとしても変わってはいるけど、まあこういうのありかな、みたいなものなので、稀有な経験としてはまあおもしろいかもだけど、会話聞いてたらその女性たちは、日常でもラーメン食べるなんてことほとんどないらしくて、おいおい人生の中の貴重な「1ラーメン」をこんな店で使っていいのか、と思ったのだけど、注文が着たら、みんな会話弾みながらそれなりにおいしそうに食べてるので、ああなんか非コミュじゃない人々の底力みたいな、ポテンシャルみたなーとか思って、なんとなく気持ちが暖かくなって帰ってきた。

みんなが食べ終わる前に帰ってきたので最終的な様子は確認できなかったけど、美味かったにせよ不味かったにせよ、この後も、ああ、上司に連れたられて小汚いラーメン屋そういえば行ったなあ、的にうっすら思い出す程度なんだろうな、と思ったりした。

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2010年3月22日

脱ぐ

というわけで、別な場所に書いてたログをココに結構移動した。おもしろかった。たった半年くらい前のことなのになんだか、違う人?っていうくらい自分が変わっている。過渡期なのかもしれない。
今日の作業で特に興味深かったのは id:kobeni_08 さんと交わした、働く人の権利の話と、ダンナを家に置いて出かけるのに料理作って置いておかなきゃいけない話のやり取りの部分だった。

その会話をしてた頃、まるで玉手箱開けたウラシマみたいに、一気に現実に引き戻されるような出来事が連続して起こって、ちょうどそれとリンクしてそのやり取りがあったんだよね。簡単に言うと未来に絶望、ここで言う未来っていうのは、昔から見た未来、つまり現在のことなんだけども、そういうことなんだね。
その時も書いたように、え?そんなことも知らなかったのか、呆れた、と言われれば返す言葉がないのだけど、実際知らなかったのだからしょうがないのだ。

若い頃は漠然と「未来はきっと良くなる」と信じていたので、そうじゃない現実にはカナリショックだった。特にショックだったのは、労働者の権利のほうではなくて、ダンナの料理のほうの話題だった。本当に「え?いつの話?昭和の話?」って思ったので。そこから今現実に僕が見ている、この地方都市の価値観へ繋がっていき、その直前に起こった40娘との様々なトラブルなどもあって、それまでの交友関係一旦リセット、というところまで辿り着くのだ。

いまのぼくは、そこからすれば随分立ち直っている。失った交友関係のかわりに新しい付き合いも始まったし、ラジオやツアーを通じて自己肯定もできた。当時ほど悲観もしてない。まあ、もう半年も経ってるしね。

僕にとって重要なことはなんでも「済ませる」ってことなんでしょうね。済んだら客観。僕が過去に書いた自分の曲を「いい曲だよねー」などと他人の作品みたいな褒め方をするように、済んだことは全部、誰か別な自分がやったこと、みたいに思えるわけだ。僕はそれをよく「脱いだ服」に例える。今まで着てた服を脱ぐ。そこに置く。そのまま置いて新しい服着て去る。みたいな感覚。僕の曲もそんな感じで存在してる。今後もそうやって進んでいくんだろうな。

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表現の責任

昨日、クラブジャズの人たちと興味深い話しをした。
音楽の世界も、クラシックだけじゃなくて今やジャズやロックについても「伝統を重んじる」人々が多い。それらの音楽をする人々の年齢が総じて上がってるからだよね。
下の世代はそれに辟易してる。押し付けや表現の制限、型に嵌められることにウンザリしてる。ぶち壊したい、自分ならではの表現をしたい、そして「それもジャズである」「ロックである」と主張したい。と。
僕も同じことを常々思っているので、そこはとても共感した。いまちょうど表現規制問題で盛り上がってるけども、この音楽に関しての問題は明文化はされてないけども、「威圧感」という見えない力で押さえ込もうとしてるのだから、似てる気もする。
ただ、ぶち壊したいとかただそれだけの衝動で音楽をしようとするとハードコアのパンクのようになってしまって、それは遠回りのような気がする、っていうのが僕の考えなので、いや、ただ壊せばいいなら、言うだけ言って終わりならそれでいいけど、その後まで続いていく何かを築こうとするなら、もうちっと別な表現方法模索したほうが結果的に壊して創る事になるでしょって思うから、結局僕のいいたいことは一貫していて、表現規制もその優先順位とかも、産むほうの人が自主的にすべてしなければならないってことなんだよねっていうことなんだ。それが表現したい人の義務でもあるでしょって。

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2010年3月20日

CD発売記念 2010年 2000キロ縦断ツアー!

*全日程 無事終了致しました!
各地でお世話になった皆様、お客様本当にありがとうございます!
これからも元気で頑張ります!

ということで、ツアーの様子は
逐一こちらのRecording Daze 3でご報告しておりましたので、
そちらもご覧いただければと思います。

Zennikuudinerpiano
10日。釧路全日空ホテル。


Sapporotone3nin
11日。札幌 Tone。with 月岡壮太&本間洋佑。


Kanakarabighorn
13日。門前仲町 BIG HORN。with KANA♪。


Monarecopirokara
15日。下北沢、mona records。with Pirolina。


Monareco4nin
下北沢モナレコードに BABY BABY 歌姫3名集合!
takumi、Pirolina、リンリンコリンズ。


PS
ツアーが終わってなんかぼーっとしてるな。
首都圏離れて4年目じゃん。アウェイ感たっぷりのこの土地で、自分の音楽に対する気分までアウェイになってたが、各地でこんなに、知り合いとか僕を待ってた人が居たかと思うと、少しは気分も上がってきた気はするな。
やっぱり自分を認めてくれる人が居るってのはでかいんだよ。誰も認知してくれないと、自分なんか不要だと思っちゃうじゃん。そんで、ほいほいインチキ野郎だけは寄ってきて、オレのことただで利用しようとしたりとか、そんなんばっかだったもん。そりゃあ人生どうでも良くなるって。
今回久々に「正当」な評価された気がして、ほんとやっと一息ついた気がするんだよ。オレもみんなの音楽仲間に加えてくれるのかい?みたいな。いやもうホント孤独だったから。
これを機に今年は頑張っていければ良いよなあ。また機材死ぬとか、どうか勘弁でおながいします、的によろしくです。

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2010年3月19日

新聞に載ってしまいましたすいません。

Doushin1ツアーにお越しの皆様、本当にありがとう!
僕が載った新聞が送られてきたのでアップ。僕が長崎空港に居るときに、いきなり電話かかってきて、道新ですがインタビューするから社屋に来てください、と言われた。まあ、取材していただくのはありがたいことですし、はいー喜んでー、と答えました。相変わらず人あたりいい私です。釧路到着しホテルにチェックインしてから北海道新聞へ。玄関で受付のお姉さんに言って記者さんが到着。部屋に案内され入って席に着くと、いきなりカメラマンが居てパチパチ撮りはじめる。リラックスして笑顔でねー、と。なんだかアイドルみたいな気分だなあ。

記者さんは千葉から来たといっていた。釧路支局には3月!に着たばかりって、大丈夫なんか?と思ったけど、変にジモティでないところが、かえってフランクに話せた気がする。インタビューは1時間強にも渡って、ずいぶん話した。

このインタビュはかなり自分にとって大きかったね。何故来たか、故郷をどう思ったか、自分にとって音楽は何か、質問に答えながら考えが頭の中でまとまってくるんだよ。それで翌日のディナーショーの意味合いとか、重要性とか位置づけとか、かなり自分で把握したくさい。すごいと思ったね。

行く前は、なんだかめんどくさいと思ったが、帰りはずいぶんサバサバした気分で帰ってきたね。その後も何度か電話があり足りない情報を付け加えたりした。校正などは、後は記者さんに任せるのみだと思ったが、これはいい記事になるんじゃないかって思った。ひとつだけ気がかりなのが写真だった。写真さえまともなら、記事は大丈夫と思った。そんで翌日のこの記事。みなさんはどうですか?僕は気に入っています。


ということで、ありがとうございました!

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2010年3月 9日

抱えたまま。

ツイッターとかで若い子が礼儀正しい言葉使ってると自分のべらんめえさが恥ずかしくなるね。こないだどこかで、今は若い子ではなくおっさんが切れてる、というのを読んだけど、僕だけじゃなく、僕の周りでよく切れてるのもみんないい大人なのだった。ねっとで怒りエントリとか書いてるのもたいていオトナだし。

僕の場合、たまたまプライベートで耐えられないような辛い出来事があったときにネットを始めてしまい、当時は珍しかった「日記」さいとでいろいろ心情を吐露するうち、それに慣れて快感になってしまった、というのがある。似たような仲間と傷の舐めあいするのも楽しかったし、自然と口調も慣れてきつくなった部分がある。

私生活が落ち着いてるときはネット上の性格も穏やかなので、そういうときには新たな友達も出来たし、僕の「音楽」のファンもできた。でも1個アルバムができてしばらくたつと、また精神的不安定状態に陥り、その都度ファンが離れていく。僕の交友関係はそうやって数年毎に入れ替わる傾向にあったんだ。

よくないことだよなあと思いながら、それでもどうしてもそういう性格は出てきてしまう。僕が自分のマネージメントをしてたら、たぶん、こんな性格は直させるしネットでの発言も禁止させるだろう。営業上マイナスにしかならないような気がする。わかってる。でも辞められない。

僕は辞められない事をたくさん抱えすぎて、本当に大切なものを持ちきれず失ってしまったのかもしれない。

いったい何をそんなに抱えてるのだろう。

わからない。

僕がいったい何を抱えてるのか。

わからない。

わからないまま旅にでるのだ。

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2010年3月 8日

ポジティヴに生きるか

しばらく書いてなかったので、どういった事を最近ここに書いてたか忘れてて、最後の記憶では、なんか暗いことやら嫌なことやら書いてたおぼえがあり、封印したままにしていましたが、しばらくぶりに開いて読み返すと、そんな暗くも嫌味でもないねえ。逆にずいぶん前向きな感じじゃないの。ちょっとびっくりした。


明日からツアーだけども、正直、今さらながら故郷なんかへ、どういう気分で行っていいのか分からないのだけど、
まあ、少なくとも待っててくれる方がいる限りは頑張っていこうと思ってる。住んでる町と、そこにいる人は別だから。なるべく無心状態でやろうと思うわよ。

その後の札幌と下北沢は楽しみね。部の後輩と世代を超えたセッション。会場の雰囲気次第では、ケンタッキーもやりたいなあ。

門前仲町は、半分里帰りだから。そう、門仲が里帰りなの。そんなところでカナちゃんが歌うなんて、すごいおもしろいじゃん。下北は僕がハルカゼさんをどうしても見たくて、無理言って(?)実現してもらった。最終日なので、自分へのご褒美なんだ、これは。

たくさん来てもらえるみたいで楽しみだな。ほんとありがとう。って、まだ終わってない。明日は吹雪だって。靴買ったばかりなのに、なんだいクソ。

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2010年3月 7日

ロボットからヒトへ

G.A.W.さんの この記事 っておもしろいよね。

僕はずいぶん前、彼が初音ミクのレビューしてたときから、この人の感性は自分と似ていると思って注目してて、今回も同じだったのでなんだかびっくりした。

結局僕を救ったのは接客業だったな。接客というのはロボットになることだから、自分はどうでもいいわけ。接客マシーンになりきって最高の物を提供すれば良い。そして、それをすることはとても快感だった。何かを演じている感覚、これだ!って思った。

音楽、特にロック系フォーク系みたいのって、自分を晒しだせとか開け、とかいう音楽じゃん。それに、創った作品にも「自分印」つくでしょ。それがとても恥ずかしかったし、他人に悟られるのがとても嫌だった。なので逃げて隠してはぐらかしてばかりいたわけだ。なので他の何かになりきることはとても楽しかったんだ。音楽も同じだった。自分じゃない何か別なものになりきって創っていたんだよね。

その接客業の末期に個人的に転換期が訪れて、本心で本気にならなければならない出来事が起こったのよ。なんていうか悟り。「何かになりきって物を創るという作業はココで限界」っていう地点が来たって、自分で理解できたんだよね。

そうすると、こんどは何かになりきっている事が辛くなってくる。そうして接客もできなくなって、辞めることになった。

自分をさらけ出して好みも影響元もすべて詳らかにすることは、とても勇気が要った。素っ裸で外に出た感じ。でもそうしたときの反応って、叩かれたり嘲笑されたら嫌だなあ、と思ったんだけど、実際そうしてみると、それほどそういうことは起こらなかったし、あったとしても意外に平気だった。そのことに自分もびっくりした。本当に自分がやりたいことやってると、反応ってそれほど気にならないものだなって思ったし、叩かれることも逆にエネルギーになったりするんだなって思った。そこからの5年くらいが一番楽しかった。

その後は前に書いたとおり旧友どもから袋叩きに遭うという仕打ちが待ってるけども、それはまた別な話だと思ってる。もうひとつ乗り越えるべき山があったってことだろう。そう冷静に今は思ってるな。

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2010年3月 5日

創ってる人の顔が見える

自分もかつては「ビーヲタ」だったくせに、近親憎悪とでもいいますか、同族嫌悪といいますか、マニアの人たちがあまりにめんどくさかったので、反動でビートルズの悪口ばかり言ってた時期があった。そのときに一人のビートルズファンから「そうやって今は嫌いなのは分かるけど、ではビートルズ聴いてひとつもいいことはなかった?」と尋ねられて、ちょっと考えて「あー、ある。ビートルズ聴いてなかったら自分はバンドとか楽器とかやろうと思ってなかったと思う。」と咄嗟に答えたんだよね。

その後そのことについていろいろ考えるようになって、そういえばビートルズ聴く前は、世の中に流れてる音楽っていう物すべて、人間が演奏したモノだって気付いてなかったな、いや、気付いてないわけ無いんだけど、例えば、100均で売ってるプラスチックのハコとか、電車の座席のネジ一個とか、そういうものみたいに、どこかの誰かが手で作ってる、っていう感覚があまり無かった。田舎だったからライブとかの生演奏もあまり見る機会なかったし、あったとしても、それと街中やCDで流れる音楽は別、みたいな感覚あったと思う。

ビートルズの音楽やイメージ、キャラクターは全部分かりやすいから、比較的年齢低い頃に出会うでしょ。そうすると、実際に楽器弾いて歌ってる姿、曲を創ってる姿、みたいなクリエイト全般の総体イメージっつか、そういうものを認識させられたっていう初めての経験な人も多かったと思う。もちろん、それが全然違うバンドだったりクラシックだったりする人とか、さまざまだと思うけど、なんていうんだろ、ああいうポップ音楽が素人っぽい人の手作業、手演奏で出来るっていうのは、ちょっと新鮮だったと思う。

昔の歌謡曲からJPOPから、そういう音楽って、映画のサントラ音楽もそうだけど、プロの職人集めて、でかいスタジオか、プロ用設備のプライベートスタジオとかで録るっていうのは、それは今だと分かるけど、メイキング映像とかでも見ない限りはそういうのイメージ沸きづらいでしょ。普通の人は。ビートルズの場合は、今そこで鳴ってる音が実際にこのおっさんが弾いてる、ってちゃんと分かるっていう初体験だったと思う。

なんか、思う思うばかりで、ちっとも確信ぽくないんだけども、少なくとも僕の中では、それらの認識がきっかけになって、自分で何か創ろう、という気分にはなったよね。


まあそういう「人の顔が見える音楽」って暑苦しい音楽でもあるから、その「汗臭さ」が嫌で、その後離れてしまう。テクノとかハウスみたいのを好きになる経緯ってそんな感じだった。自分はドラマーだったくせにドラムは汗かくから嫌いだったし、「人の匂いのするもの」全般が嫌だった時期はあったね。「物創るのは人間」ってのは画期的発見だったけど、人間だから当然人間らしさもあるわけで、性格とか人格とか、生身の人間だから当然あるでしょ。そうすると、楽器や音楽が上手い、っていうのと別に、でも人間性嫌い、みたいな人も当然いるわけ。天才だけど性格最悪、みたいな。僕にとって、その人間性が音楽のイメージにまで影響与えてしまうことはすごく嫌だった。音楽は音楽として、それのみで向かい合いたかったから。人間を排除したい、って思うようになったんだよね。

そう考えるようになってからは、作者のプロフィールとかいろいろ調べる事もあまりよくないことなんじゃないかって思うようになって、だんだん控えるようになったね。別に、音楽と、それを産んだ人の人生なんか関係ないじゃん、って。実はそんなことも無いんだけども。


10年位前から、スーパーで売ってる野菜とかに顔写真がくっついて「これは私が創りました」みたいなキャプション付くようになったけど、それもどうかなって思うこともある。それは僕自身、それがいいと思った時期と、それがウザいと思った時期と、両方経験したからだよね。こんなおっさん作ってる野菜なんか食べたくない、って思う人もいるんじゃないかなあ。

そしてたぶん、音楽も、例えば僕の音楽だって、こんなウザい奴の音楽なんか不快で聴いてられっか!と思ってる人はたくさんいるんだと思う。だからこそ、そんな弊害を越えてまで僕の音楽を聴いてくれる人がいることについては、もう感謝しかないよね。

ありがたい話だ。

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