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2010年1月12日

修・再生工場&毒抜きの初演

山口修先生が指導する生涯学習の方々の新年会にご招待され、やたろうまで行って来ました。

みんなうちの父とかと同じ年頃ですが、元気ですね。満州帰りの人などが居てすごいです。生き字引ですよね。歌うまえに祝辞みたいなことを述べてきたんですけど、15年もパーカッションなんかやってなかった僕に、修氏は何を思ったか、パーカッションをやれ、と熱心に声をかけ、無理やり引っ張り込み、私も3年前に初参加したわけです。15年やってなきゃ普通は出来ないですよ。と思ったんですよ。しかし実際は普通に出来たわけです。しかも、みんな、喜んでね、こんな私でも喜ばれると思うと、僕も嬉しかったわけですよね。

その後、僕はちょっとずつ、ドラム演奏を復活させ、ライブで叩くまでになりました。そして、ドラマーとして復活しただけでなく、打ち込みストととして、ドラムプログラミングに、それが大変生かされたわけです。これは、3年前ではありえなかったことです。修先生が意識していたのかどうかわかりません。ただ、便利だから僕を使っただけかもしれない。しかし、彼に無理クリ誘われて強引にやらされたことによって、僕の眠ってたもうひとつの能力が目覚めたわけですね。

何で15年前にドラムを封印したかと言うと、それは、以前ここで書いたように、ドラムが楽しいからゆえ、創作が苦しいとき、そこに逃げてしまうと思ったからです。創作活動を始めてからの僕は、決してセッションもやらなかったし、遊びでも、ビートルズとかのカバーを歌うことも一切なかった。そんでもちろん、一切ドラムもやらなかったです。

自分は弱い人間だから、楽しいほうに絶対逃げてしまうと思ったわけです。

ところが、今回復活して思ったのは、その時期はもう過ぎてた、ということでした。その余裕が出来た、別腹で楽しむ精神的余裕ができてたってことです。そんでむしろ、それを新たな魅力として生かす術さえ備わってるような、その萌芽があるような気すらしました。これは新鮮なことでした。


新年会はご招待でした。日頃のお礼で歌いたい、と言ったら、ピアノとかはない、という。じゃあ、カラオケで歌うことになる。いつもやってる曲もオケは流してるけど、それもピアノとあわせてやってます。それをハンドマイクで歌うってか。郷ひろみなのかお前は。と思った。そんで、そういえば昭和っぽい曲で、年配の方に人気のある曲があったな、と。その曲、毒抜きを歌いましょう、と。そうして、毒抜きの初演が自分の中で決まりました。

奇しくも午前中は林檎特集のラジオを収録していました。林檎を意識した毒抜きを初演するって、なんかおもしろいじゃないか、と僕の中では勝手に整合性がありました。僕の歌った後に演奏した修先生も、心なしか、興奮しているように見えました。

まだまだ僕に出来ることはありそうだぞ、そう思った午後でした。

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