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2010年1月24日

どん底という幸福感

http://www.stickam.jp/video/179678572

昨日の生放送動画です。チャットでご参加ありがとうございます。僕の創作の歴史を辿る番組もいよいよ佳境でして名盤「ひつじ Songs」の完成に至る話になりました。番組でも語っていますけど、アルバム完成は「今まで生きてきて一番幸せ」な出来事だったにもかかわらず、気持ち的には、本当にどん底でした。

その理由が分からないのです。達成したところが想像以上に行き過ぎてしまい、その事実を自分で受け入れられなかったこと。燃え尽き症候群により、その後の生きる標みたいなものを見つけられなかったこと。

とまあ、いろいろあると思うのですが、まあ簡単に言うと、途方に暮れてしまったんですね。


そうね、例えれば、みんなで山を登っていたのに、気がつくと周りに誰も居なくて、たった一人だった、という感じです。あのなんともいえない感覚は今も忘れられないと思う。

まあそんな感じで、アルバム完成後、ボーっとした1ヶ月を過ごしましたが、徐々にまた復活してきます。そして代表曲を連発していくんですよね。今回はその直前の流れまで語っています。


前回の特集もいいです。
http://www.stickam.jp/video/179658519

その前もいいです。
http://www.stickam.jp/video/179637698


はからずも、ですけど、こうして自分の歴史を追体験することにより、僕は自分自身のクリエイティヴィティを再発見しました。まさに、「僕はココに居る」ということなんですね。

今後も道は続いてゆきます。続く限りは歩くということです。みなさんありがとう。

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「名誉ある」孤立

いろいろリンクする流れがあって、番組のこともあって、僕の考えがまとまりつつある。いい傾向だと思う。

僕が感じてる違和感のひとつに、音楽は「人と」しなくちゃならない、という部分があります。

原稿書きも絵描きも一人でする作業でしょ。でも音楽は「基本は」そうじゃない。僕はそれが苦手なんですね。音楽も自分だけを反映させたものにしたいわけです。純粋主義。だから多重録音してるでしょ。でも録音はそれで出来ても流通その他になると、必ず他の人が関わってくるでしょ。そうするとどんどん「汚れて」くる。それがいい場合もあります。でもそれは、奇跡的に素晴らしい才能が集まった場合でしょ。そんなことあるんだろうか、というのが大きな疑問。そして、その才能の人と僕が、気が合うかどうか、というのもマンにひとつの確立くらいじゃない?

それは僕みたいな泡沫にとって、あまりにも無いものねだりな事です。ほとんどの場合はどんどん汚されて、純度が下がってゆく。妥協して完成度も下がってゆく。それはいいことだとは「僕は」思えない。

だから孤立しています。仲間とか「音楽ムラ」からです。でもそれはきっと「名誉ある」孤立なんです。つか、そう思うしかねえよ、と。

まあただ、そういったすべても自己責任、つまり、自分の活動その他が不甲斐ないせいで、そういう仕事しか出来ない、ということはあると思う。

結局自己を磨いて上がっていく以外の道はないように思います。

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2010年1月17日

両想い。

16日土曜日の生中動画。よいです。
http://www.stickam.jp/video/179658519

本当は今回流すつもりだった曲があったのだけど、リスナーさんが多かったので、急遽、曲順変更して1曲来週に先送りました。

ツイッターでも書いたけど、僕はスカウトされるまでは自分は作家さんになるんだと思っていた。いや、もちろん歌いたかったんだけど、今までの人生で声を褒められたことがなく貶されてばかりだったし、その件ではいい事がほとんどなかったので、よもや他人に、しかも音楽業界のプロの方々に、「いい声だから自分で歌え」などと言われるなんて、本当に夢にも思ってなかった。嬉しさを通り越してショックだったもん。今までの人生はなんだったんだろう、って。
だから、番組でも語ってるけど、それまでの逃げてた作風じゃなくて、思い切って本音で本心でズバっとやりたいことやってみたら、それが認められたのだから、本当にこれは、人生で初の、「告白したら受け入れてもらえた」両思いだったのよね。

こういう経験が出来たことに本当に感謝するし、幸せだったとしかいえないと思う。
今後も忘れないようにしたいよね。

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2010年1月12日

修・再生工場&毒抜きの初演

山口修先生が指導する生涯学習の方々の新年会にご招待され、やたろうまで行って来ました。

みんなうちの父とかと同じ年頃ですが、元気ですね。満州帰りの人などが居てすごいです。生き字引ですよね。歌うまえに祝辞みたいなことを述べてきたんですけど、15年もパーカッションなんかやってなかった僕に、修氏は何を思ったか、パーカッションをやれ、と熱心に声をかけ、無理やり引っ張り込み、私も3年前に初参加したわけです。15年やってなきゃ普通は出来ないですよ。と思ったんですよ。しかし実際は普通に出来たわけです。しかも、みんな、喜んでね、こんな私でも喜ばれると思うと、僕も嬉しかったわけですよね。

その後、僕はちょっとずつ、ドラム演奏を復活させ、ライブで叩くまでになりました。そして、ドラマーとして復活しただけでなく、打ち込みストととして、ドラムプログラミングに、それが大変生かされたわけです。これは、3年前ではありえなかったことです。修先生が意識していたのかどうかわかりません。ただ、便利だから僕を使っただけかもしれない。しかし、彼に無理クリ誘われて強引にやらされたことによって、僕の眠ってたもうひとつの能力が目覚めたわけですね。

何で15年前にドラムを封印したかと言うと、それは、以前ここで書いたように、ドラムが楽しいからゆえ、創作が苦しいとき、そこに逃げてしまうと思ったからです。創作活動を始めてからの僕は、決してセッションもやらなかったし、遊びでも、ビートルズとかのカバーを歌うことも一切なかった。そんでもちろん、一切ドラムもやらなかったです。

自分は弱い人間だから、楽しいほうに絶対逃げてしまうと思ったわけです。

ところが、今回復活して思ったのは、その時期はもう過ぎてた、ということでした。その余裕が出来た、別腹で楽しむ精神的余裕ができてたってことです。そんでむしろ、それを新たな魅力として生かす術さえ備わってるような、その萌芽があるような気すらしました。これは新鮮なことでした。


新年会はご招待でした。日頃のお礼で歌いたい、と言ったら、ピアノとかはない、という。じゃあ、カラオケで歌うことになる。いつもやってる曲もオケは流してるけど、それもピアノとあわせてやってます。それをハンドマイクで歌うってか。郷ひろみなのかお前は。と思った。そんで、そういえば昭和っぽい曲で、年配の方に人気のある曲があったな、と。その曲、毒抜きを歌いましょう、と。そうして、毒抜きの初演が自分の中で決まりました。

奇しくも午前中は林檎特集のラジオを収録していました。林檎を意識した毒抜きを初演するって、なんかおもしろいじゃないか、と僕の中では勝手に整合性がありました。僕の歌った後に演奏した修先生も、心なしか、興奮しているように見えました。

まだまだ僕に出来ることはありそうだぞ、そう思った午後でした。

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2010年1月 9日

すべらない演劇、すべらない音楽 ~ 類型からの脱出

M-1の話。
http://d.hatena.ne.jp/toronei/20100105/A

これを読んでちょっと気付いた事があった。

もともと音楽人と演劇人は正反対の人種、という偏見が僕にはあって(僕の周りの人もそうだった)、大学時代や、オペラの大道具手伝い時代を除けば、ほとんど関わってこなかったです。

その偏見の理由がなんなのか、自分でもよくわかってないところがあったけど、最近、あるきっかけから芝居によく触れるようになり、と同時に、いくつか、その理由めいたものが見えたので、せっかくなので書こうと思った。

こないだ人に言ってびっくりされたのだが、実はオレはお笑い好きの人間である。東京時代は寄席も良く行ったし。別に自分がお笑いに詳しいとか言うつもりはないが、そういう意味では、滑る小ネタにはかなり厳しいと思う。

よく偉い人が講演などで、ちょっとした息抜きにギャグを言う事がある。それは偉い人が喋ってる、という緊張感の中でボソッとジョークを混ぜるから、その緩急でふと可笑しくなるのだろう。

では、芝居にそういうものは必要なのだろうか。いや、合ってもいいんだろうケド、偉い人が講演でボソッと言う、程度のことでは受けないでしょうね。

僕が引っかかる部分はまさしく「そこ」なのだ、と気付いた。誤解してもらったら困るのだが、これは長崎で見た芝居だけの事を言ってるのではない。思い返せば、東京でもどこでも、僕が見た芝居は、ほとんどがそういうものだったのだ。せっかくの良い話なのに、必ず、滑る「ギャグもどき」みたいなものが入ってて、その瞬間、一気に冷める。そこに必然があってギャグが挟み込んであるならいいが、「なければいけない」「受けなくてはいけない」という理由で無理やり入ってるようなものが多いのだ。

芝居はラーメンズとは違うのだ。なぜそこに、わざわざ無茶振りみたいに小ネタが入ってるのか。

でも好きな芝居もあったよ。ココ何年かの間で、僕が見た芝居のうち、自分の中で評価が高かったものは、
その「小ネタ」部分が少なかった芝居だ、と気付いた。もしくは、その小ネタが、センスがよくて、ちゃんと笑えるものだった、とか。


僕は前にココの日記でジャズについていろいろ書いたでしょ。楽曲第一主義。これって同じなんだなあと思った。僕の希望は、一度でいいから、まったく滑らない、ひとつも小ネタが入ってない芝居を見ることです。


だれか叶えてくれたら嬉しいなあ。


追記。
コメントをいくつか頂いて補足しますね。

芝居の類型について語ってるけど、じゃあJPOPはどうなのさ?ABサビ大サビー、とか型が決まってんじゃん、と言われるとそのとおり。これもまさしく「型」が決まっていて、そこへ向かってドドーっと完成させてゆくものですね。だから、これも苦手な人は苦手だと思いますよ。

この場合の滑るってのは、つまらない曲になったときでしょうね。歌詞が聴いたことあるような慣用句ばかりとか
そんなものはいくらでもあります。メロディもそう。どっかで聴いたような、しかも練られてないような。


最近、僕の音楽歴をラジオ番組でやってるけど、聴けば判るように、僕の最初は型にハマらず破天荒な作品作りを徹底していました。僕は自分の音楽が通りすがられるのが嫌で、絶対に印象を残さないと気がすまなかったのです。なので嫌がられてもいい、ともかく「印象」を残す。これを徹底していました。それを何年も繰り返したあと、つき物が落ちたようにすっきりして、JPOPという形式美のなかに入っていったのです。

僕の創作のポリシーは「デジャブ」なんですよね。音楽は僕の中にあるんじゃない。聴く人の中にある。それを思い出すための手助けをしてあげる。何かの記憶と共に、です。その際に、なにか陳腐なものだと失礼でしょ、と。人の思い出を汚すことになるでしょ、と。だから精一杯良い物を提供するんです。その辺は、ホテルでの接客を思い出します。まさに「サービス」なんです。


そうして、芝居の話に戻ると、芝居も同じようなものだとすれば、昨日とまりさんが書かれた3番の形式の中に
向かって完成させてゆくんでしょうね。形式があるってことは、小ネタも必要不可欠なんだろうと思う。であれば、それは滑らないようにするしかない、ということですね。JPOPが型の音楽だとすれば、そこからは逃れられないから滑らない内容にするしかないのと一緒ですね。

ただ、長年型モノをやってきて、僕の中ではそろそろ次ね、という部分が気持ちの中にある。自分ではまだ手がけてないが例えば人のプロデュース、ピロリーナとかジールとか、そういうものの中に、JPOP型ではない音楽を
見出してやっている。そういう意味では昔と同じですね。

通り過ぎられず印象を残すこと、でも昔みたいに不快なんじゃなく、もっと違う印象を。そんで型からの脱出、ですね。これなんじゃないかなあ。これからは。と個人的に思います。

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2010年1月 8日

魑魅魍魎

そろそろこっちでも何か言っておかないと、卑怯者扱いされるのも嫌なのでね。

その後の状況は良く知らないけど、大仁田氏は立候補するんだろうね。正直言いまして、あまり彼には興味がないです。受かるときは受かるだろうし、落ちるときは落ちるんだろう。僕はどうでもいい。

ただひとつ言っておかなくちゃならないのは、彼が知事になった場合、県のお金の一部は必ず、彼の例の側近氏が請ける仕事に使われるだろう、ということ。そりゃそうでしょう。発注するに決まってるからね。そこまで見越して、まあ投票行為とかすればいいんでない?

公職選挙法とかあるから、ブログでオレがどこまで言っていいのか、よくわからないが、それだけは事実でしょ、と。別に大仁田氏に限ったことじゃない。どの候補者にも、応援する周りの人々や側近が居る。その人が当選すれば、その周りの人々も潤うでしょ、と。それが、大仁田氏の場合はK氏ですよ、と。ただそれだけでしょ。

誤解されると困るのでここでも言っておくけど、オレは別にK氏は嫌ってないよ。いろいろあって縁は切れたし、もう仕事はしないだろうケド、それと「嫌う」ってのは別だなあ。まして恨みとかそんなのないなあ。それぞれの世界で好きに生きればいいんじゃないか、と思ってるくらいかな。

まあそういうことで。
みなさんも良い人生を!

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2010年1月 5日

宝島にみる人物類型

ネットで、ある人々の会話を見ていたら、「ベンボウ提督亭」という言葉が出てきて、「あれ、聴いたことある言葉だな、なんだっけー」と思って調べたら世界の名作「宝島」に出てくる言葉でした。そんな感じで検索したら全文読めるサイトが出てきて、なつかしーーーと思って久々に読みハマってしまいました。

http://www.servicemall.jp/sokudoku/BN/s/0014001.html

だいたいのストーリーは憶えてましたが、ほとんど忘れてました。それでも、ハラハラドキドキで、最後まで一気に読んだ。おもしろい話だなあ。


そんで気付いた事が二つばかしあったんです。


ひとつは、私Led Zeppelinのライブ研究サイトを書いてますが、イギリスの地名とかは、この作品などの児童文学を多数読んでたので、馴染みがあって、なんとなく土地の空気感のようなものもわかるのは、これのおかげだーって思ったこと。


そんでもうひとつは、登場人物の見事な類型化でした。子供向けの小説だから、凄く判りやすく出来てて、でも、それでも当時の僕にはわかってなかった事がいろいろありました。


まず、主人公のジムが以外に気まぐれで身勝手だったこと。これはびっくりしましたが、正直でかえって共感もてました。子供ながらに駆け引きやらいろいろ考えてますね。

それから、なんと言っても凄かったのは片足の海賊、ジョンシルバーの狡猾さです!

これは子供の頃は読めてなかったなあ。いや、確かにずるい人とは思ってたけど、当時こういう人には縁がなかったし、実感がわかなかった。でも今回読み直してみると、どこかの誰かさんそっくりだった!笑。ホントに見事です、これ。


それから、大地主のトレローニさん。
見栄っ張りで、秘密を守れず、すぐに騙される。今回もシルバーにあっけなく騙される。それは、本人が宝島の事をべらべらバラすから。自業自得。

それから船長。
これは見事にリーダー。上の大地主とはそりが合わない。厳しいからね。嫌われ者。規律第一。しかし事実が発覚したあとはみんなが一目置く。
それから、リブジーさん。医者で法律家。これも見事に理想の引き締めやですね。


あとは海賊達ね。

これは陸にも海にも多数出てきます。いろんなタイプが居ます。お宝を強奪すると、あとさき省みず一気に使い果たす浪費タイプ。堅実に資産として増やして生きるタイプ。そして、浪費タイプにも、憎めず人に面倒見てもらうタイプと、破天荒で、結局乞食や盲目になってしまう人も居ます。後者のタイプは、いつまでも強欲で仲間の分け前を奪おうとしたりします。


それから、一番最初に、ジム少年と母親が危機に陥ったときの村の人々の態度。これは、見事に村社会です。かかわりたくない、知らない、と逃げる。でもその中のたったひとり、少しは良心ある若者が、隣町まで、警備隊みたいなものを呼びに行ってくれる、と。これはうれしいね。


あとね、
宝の地図を持ってた、元海賊ビリーボーンズもジョンシルバーも同じ事を再三、話の中で言うのですが、浪費するな、と。お前らと来たら金を渡せばすぐに全部使っちまう、と。後先考えろ、と。

これが、良識組ではなく、海賊組の側からしかも2名から出ているというのは、僕も今回意外に思って、子供向け小説って啓蒙とかも兼ねてるでしょ。そういうこと言いたいってのはあるなあと思った。舞台は18世紀ですが、小説が書かれたのは19世紀ですね。いろいろ近代が始まるにつれ起こった問題をなんとかしたいというような部分もいろいろ読み取れたりします。

オトナ用の、たとえば舞台脚本だったりすると、こういう、いかにもな設定は、ベタ過ぎてあれなのかもしれないけど、子供向けとして、その判りやすさに徹底してる様子は、ぼくにとっては、かえって新鮮だった。しかも大人のずるさや、人間の弱さなど描いてるし、何世紀も残る名作ってのは、こういうもんだな、ってつくづく思ったね。


ということで、皆さんも是非、読んでみては?

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