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2009年9月29日

過去の栄光から起死回生への布石

今週金曜日、カフェ豆での鯨ライブでリリース予定の、田中マサオミCD制作が大詰めです。

Pirolinaさん企画の、初くじら付きライブで盛り上がってる一方、私の方は、こちらの方を着々と準備しておりました。それが、田中マサオミ唐川プロデュースCD初リリースです。関係ないけど、そうすっと今回の鯨ライブで、なにも催しがないのは私だけ。笑。ちょっと寂しいですが、まあ普通に歌います。


まあそんで、レコーディングの話だけど、ご存じの方はご存じですが、今年の4月にいきなり機材が不具合に陥りまして、アップルコンピュータ様に修理をお願いしても、「治る治る詐欺」のくりかえしで、何度戻ってきても治っておらず、それを何度か繰り返した後、いきなり、「昨日でサポート期間終了ってことで、もう治せないからねっ!」と唐突な宣告…。

こっちはもう「はぁ???」です。


まあそんな事件があり、新機材導入後も、またこれがまともに動かん。

そんなこんなで夏は過ぎ秋が訪れ、自分の音源や、過去に人のをプロデュースした作品を聴いては、「ああもう、こんなものは僕には創れないのだ…」と絶望の淵に立たされていたのでございました。


いくら過去に素晴らしいものを創っていても、今の自分がそれを出来なければ、それは自分じゃないって事です。自分の作品であっても、誰かよその人がやったことと同じって事です。良いもの創ったねえーと褒められても、
いや、昔のことですから、です。

私にとって重要なのは、今現在、それが出来るか、ってこと。

レコーディングを何もしていない5ヶ月が過ぎ、果たして自分にそんな感覚とセンスが残ってるのか。
というか、できるのか??と思ってた。


車の免許持ってても、ペーパーだと、おれ、ほんとに乗れるかな?って思うでしょ。

そういうことよね。


そんな自分に今回あえて、マサオミのCDを創る、という課題を出した。


優れたアーティストとの共同作業は「戦い」だ。オマエのセンスにこっちも相対せなければ、それは、組んだとは言わねえんだぜ、と。どっちかが負けてるんだぜ。と。そういう勝負を自ら言い出し、10月2日までに決着させて売るぞ!と。

もちろん、それを言い出したときは、かつてのような力が僕にまだ残ってるかなんて、全然判らなかった。未知数。ほんとに賭だった。

そんで1ヶ月過ぎ、昨日。

やっと2曲のラフミックスが出来て、あーこれなら、なんとかいけそうな気がする、と。

まあホッとしましたよね、と。


あとは、鯨ライブを僕も楽しむことにする。
もちろんマサオミのCDもリリースするぜ!


お楽しみはこれからだ!

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2009年9月13日

言霊と絵文字スマイル

kobeni_08さんが興味深い事を書かれていました。

皆がwebで「活字の文章」だけで、コミュニケーションをしているということの意味について。日本には「言霊」といって、言葉に魂がこもりやすい、とか言われますよね。それは本来、日本人が、言葉や文章(もちろん、活字のそれにも)に心を動かされやすい民族だからでは?と思いました。(かつては紙にサラサラ書かれた短歌ばっかりでコミュニケーションしてた貴族もいる国だし) それで、maicouさんの言うような「心象風景のデッサン」のように、豊かな方に言葉が駆使されていく分にはいいんだけど、やっぱり「言葉」が非常に怖い武器になってしまってるのでは?ということ。本来、言葉に非常に敏感な民族なので、それをマイナス方向に使うと、傷つける度合いがすごく強いような。言葉を駆使したネット上でのいじめが、小中学生でも起こってると聞きますが、私はそれは、想像以上に陰湿なのでは…?という気がしてしまいます。 その理由として、「活字には言霊がこもりやすい=相手の心に、独特の強さで刻まれる」ということがあるのでは?と思います。その場の雰囲気、間合い、身振り手振り、表情などが一切存在しない、時間の流れも現実とは違うところで言葉を「活字」で駆使するのは、実はwebの手軽さにはほど遠い難しさがある、のかもしれません。


僕はWEBが登場する以前から文章を書いたり、普通の人の文章を読んだりするのが好きで、基本は自分は文字で考えるタイプなんだろうなと思ってます。どんな状況で読んだ文章でも、その目に見える情報、読める部分だけの文字列でも、書いた人の人となりみたいなモノは行間から透けて見えてきます。そういうのが透けて見える瞬間が好きなんですよ。頭に浮かんだ文字がそのままキーボードに直結して打たれたみたいな文字列がとても好きです。

kobeni_08さんの文章は、やはりお仕事にされてただけあって、すごい整った印象を僕は受けるんです。読み手さんに配慮した、読み手さんをとても意識した文章のような気がします。

勝手な想いですけど、それは、どことなく自分の「音楽」にも似ていました。音楽もやはり、脳や心から直結したみたいな音はあります。それに憧れていますけど、自分はそれが出来ない、というコンプレックスがある。いや、僕だってあの、一見整った音列に、思いの丈やら本音やら思いっきり込めているんですけど、それでも、どう頑張っても出来上がったモノは、人にはそう聴かれないんです。勝手にそんなことを思って重ねてしまいました。自由な文字列を産む人に憧れるのも、自分がそういうことを出来ないからでしょうね。それでも、きっと伝えられる方法はあるはず、と諦めずに続けていますけど…。

「言霊」のことは、確かにそう思った。僕の言葉はすごいトゲがあると良く言われます。元々は、フラットに活字のみの情報を届けたいがため、編み出した書き方だったのですが、いつしか、それが攻撃性を持つ自分独自の文体になり、ここ何年かは、自分でもそれを十分理解した上で、人を叩くときはわざとそうしてる部分もありました。攻撃こそ最大の防御という言葉通り、自分が傷つきたくないので、そういう言葉を駆使して先制攻撃することもありました。

でも、最近になって、そういった負の連鎖はよくないことなんじゃないかと、また気づいたんですよね。今さらそんなこと言っても遅いのですけど、大人は大人らしくしていないと、やっぱりダメなんじゃないかと思うのですよ。だって子どもは大人のすることを真似るんですからね。

どこかの国の文化で、自分はあなたの敵ではない、という意思表示で、相手に微笑みかける、というのがあったと思うけど、言葉の場合も、フラットに伝えるためには、逆にそういった何か装飾を纏うような「活字ハック」みたいなことが必要なのかも知れないなと。

それが絵文字だったりするのかな。

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2009年9月12日

コード付けは地図を描く作業

今度アレンジする、あるおなのこから送られてきた新曲聴いてる。

伴奏とか何ももなくて鼻歌のメロだけ。これにコードつけるのだけど、コード付けって大変だけど、いちばんセンスが出やすくてやりがいがある部分でもあるね。

歌う子の音感もこれで判る。楽器も出来ない、コードも付けてない。でも、頭の中に和音鳴ってるか、それが無くて適当に歌ってるかでは全然違うので。あらかじめ和音鳴らしてアカペラってるメロはコード付けやすい。
例えると、白紙にニョロニョロ一本線引いてるのがメロだとすると、コード付けはそれに路地とか書いて地図にする作業だね。あなたが歩いた道筋はこうでしょ?と。適当に書いたか、ちゃんと歩いた道筋を書いたか、それによって全然違うわけだから。

その地図にどんな建物置くとか、色付けるとか、あとは視点。自分から見た景色か、客観的に俯瞰してる景色か、隣歩いてる人からの視点か、とか、そういうことで様々なコードを付けられる。

コードを選ぶ方はセンスと好みなのだけど、ここに育ちが出る。小西氏と中田氏の違いもここにあると思ってる。世代や環境が大きいからね。どんなに勉強で後付けで学んでも、どうやっても付けられないコードのセンスというのはある。無理なモノは無理なんだ。

勉強して学んでも。
面白いよね。

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2009年9月11日

モノものビートルズ

最近よくお問い合わせがあるので、昔僕が書いた濃い記事を紹介しときます。

http://homepage.mac.com/marco_/archives/beatles.html


上記の通り、ものミックスは「プロの仕事」です。
音に携わる仕事の人は必聴かと。

しかし、予約分全部売り切れで、もうプレミアですね。

店頭分は当日は買えたみたいだけどね。

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2009年9月 9日

隊長!体調が悪かとです!

昨日のボディ2ソウル セッションお越しありがとう。心ここにあらずな私を支えて頂いた皆様には感謝致します。まあでも数年ぶりに、夢見るブルームーン&ストロベリーの、亀田師匠カップリング、やったので許してちょうだい。
まいみくのこむぎさんが当時コーラスされてたとのことです。良い曲だもんね。

えー。5月にも似たような体調となり、寝込みましたが、今回もヤバいです。毒抜きが間に合わないとこうなります。
毒抜きを歌わないとダメかもですね。(FUSEKI 収録曲)

毒抜きデトックス、というタイトルにしようかと思ったことがありました。そのままの意味ですけど。


あとね。あんまり僕をいじめないでくださいよ。私はブライアンジョーンズなので、墓碑銘をそうしたい感じです。あんまり度が過ぎると、また交友関係一掃しなければならなくなります。ごめんなさいね。関係ない人には、不快ですね。深いではないですね。まあ、適度に、ほっといてくださいね。ということです。

でも、CDは買ってください。というか、素晴らしい内容なので、ほんとにほんとにほんとに聴いてください!お願いします。僕はこういう人ですが、僕が産んだ「音楽」にはなんの罪もないです。僕のことはどうでもいいので、音楽の方だけ、ちゃんと理解して、判って、愛でてあげてください。

僕の本体である「音楽」は、僕の肉体という、どうしようもないモノを着ていますが、そんなものは引っぺがして、音だけ聴いてくださいね。


http://www.amazon.co.jp/dp/B002HVUL2C/
ここで買えますので。

m(_ _)m

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