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2009年8月31日

母、私のCDをこき下ろす。

母に自分のCDを送ったら、今朝、電話があり、「期待してたほどではないねー。出来はこの程度か、という感じねえ…」って。orz

確かに老人には不親切なアルバムだろうと思うけど、自分の息子の作品に対して、そんな身も蓋もない言い方もないもんだ。前作が、オールラウンドを目指しすぎて、落ち着いたアルバムになってしまったという反省があって、
まあ、そのかわり、落ち着いてたので、老人には受けがよかったけど、なので、その反動で今回は尖ってみたわけだから、まあ反応としては正しいのかも知れない。


というか、オレ前作で、聴いたみんなに「爽やかな歌のお兄さん」扱いされたことが、とてつもないトラウマになってる。日頃の毒舌や、日記などでの極論とか、全部そういうものに対しての反動だと思えば説明つきそうな感じだ。

それに、元々オレ濃くてマニアックじゃん。そういう繋がりもたくさんあったのに、前作の爽やか路線は、その人たちを裏切ってしまった気がしてて、なので、今回はそういう人たちに向けて落とし前つけたんだろね。今回の1枚を創っておけば、また次作で爽やか路線になっても、見方は変わるだろうから。

そんないろんな事を思いつつ、完成させた力作でしたが、期待したほどの出来ではなかったそうです…。

母からの駄作認定アルバム(笑)を購入の方はコチラ。

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iTunes
http://bit.ly/DncGk

試聴
http://www.myspace.com/karakawa

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2009年8月30日

肉体が勝つ

昨日のシェボンゾ、ビートルズ大会お疲れ様でした!

私としては前日の豆ちゃんライブでめいっぱい歌ってきたので、もちろん、翌日のボンゾのことは考えて、お酒を飲むなどと言うことはしませんでしたが、それでも、のどは、72年ロバートプラント並みに疲労してた感じです。それでも、いざ、ビートルズが始まってしまうと、そんなことは言ってられません。ハモリからメインから。ともかく、歌える部分は、例え声が出なくても、歌うんです。

でも、楽しかったねえ。one after 909なんか、たぶん20年ぶりくらいに歌ったですが、覚えてましたね。私は何者なんでしょうね。

今回ご一緒した方が、ドメスティック佐賀バンドの方で、ジョンパートを完コピしてるといっていました。なるほど。そう提示されると、オタクな私も黙ってられません。では、私はポールのパートで、と頑張ってみましたが、それでも、初合わせで成り立つんですな。恐るべし、ビートルズコネクション、ですよ。


でも、今回改めて判ったなあ。僕にとって、ビートルズは肉体だ、と。もうね、身体の隅々まで、入ってるんですね。ビートルズの血筋が。脳は肉体が支配しています。人間は動物ですから。そのコントロールをいかに上手くするか、に技術の取得はかかっていますね。

今回の僕は、肉体が脳を支配し、オマエここで全力で歌わんでどうする?的な啓示を受けた、と言う点でとっても楽しかったんですね。こんな経験は、シェボンゾだから出来たことですね。楽しかったなあ。ありがとうございます!

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2009年8月26日

ヒトを振り切って進むこと

pollyannaさんという方が興味深い事をおっしゃっていた。

自分がいいと思うやり方をとっているとき、その良さを主張する根拠として、違うやり方をしている「人」を否定する必要はないと思うんだ。自分がいいと思うことがあって、それはダメだと思うことがある。比較の必要なしに「これはいい!」と思えることがあれば楽だけど、たいていは比較した上で「こっちがいい」となる。そこが陥穽になる。あくまで、そのコト、そのモノどうしで比べれば済む話なのに、なぜかそのコトやモノを採用している「ヒト」どうしを比べがちで、それがトラブルのもとになる。すべてが「ヒト」のmatterになるというのは、それだけヒトはヒトが好きで、期待しているんだ、ということの表れかもしれないと思えば切ない。そして息苦しい。話はずれるけれど。どれほど言葉を尽くしたとしても、思うことすべてを表現できるわけではない。どんな人でも、語らずに背負い、胸に秘めていることの方が何倍も多いだろう。相手の意図がつかめないとき、語られていないことを「善」に推測するか「悪」に推測するかで、相手との関係は変わってくる。悪く取りたくなってしまうときでも、あえて善く取っていると、いつのまにか関係が良くなっていることが多い。また、相手の意図や経験を低く見積もってあなどればあなどるほど、その見積もりがはずれたときの、自分のダメージは大きい。私がとっている性善説やパレアナイズムは、功利的かつプラグマティックな生きるすべにすぎない。

これについて、僕もよく分かってるけど、しかし自分はそれを出来ない人間だ、と過去の経験上悟っている。何度も直そうとしたが無理だったんだよね。だから、仕方なく、どんどん人と縁を切った。その方が、自分にとっても相手にとっても幸福だと判ったからだね。そうしないと、とことん傷つけ合うもの。なので自分なりに見つけた「ハック」なんだねこれは。両親がそういう人間だったからね。そうなりたくなかったんだ。多分毎日が必死なんだろう。だから慮ることとかできないんだよね。ひょっとしたら今の日本全体がそうなのかもしれないけどね。


なんで急にこんなこと書くかというと、例の事件について、自分はまだいろいろ引きずってるな…と思うからだ。だいたい人生生きてきて、知りあいが大事件の主人公になるなんて事、そうそうあるもんじゃない。しかも極近くでいつも見ていたのに、気付けず防げなかったという部分でも、悔いがとても残ってる。彼女も母親だったはずだが、あまりそういうことは話さなかったなあ。なんだか嫌になるなしかし。

上記の、縁を切る系の話のことについて、ちょっと思い出したのだけど、そういえば、自分の中でいつも、縁切りの前に「これの返事がなければ終わり」とか、そういうポイント決めてるんだよね。もちろんそれは意識してそうする。多分これの返事はないかもな、とか、これは断られる気がするな、とか、そのような予感が必ずある。それを実際に試して確認してから実行するんだよね。今回もそうだった。
実はこの夏、あの人たちが主催するイベントに出ない?って声かけられてて、僕も今年初め頃までは、すっかり出るつもりで居たけど、春過ぎて、彼女が関わりだしてから、出るのめんどくさいと思うようになり、結局でなかった。あとで聴いたら、そのイベントがらみでもいろいろ揉め事多発だったらしくて、あーやらなくてよかった、と思ってたところだった。そんで事件でしょ。今回ほど自分の勘のよさをありがたいと思ったことはない。悪いけど。

今年はCDリリースを控えていて、そのためにいろいろ組んでた。その計画のひとつとして、ともかく何処へでも顔を出して歌う、ギャラなしでも、そして名前と顔を売る、というライブのポリシーがあったのだけど、そのイベントなんか、それに最も適してたと思われるのに、「いくら何でも、これは嫌だ」と思う何かがあって、いや、今ここで「何か」と書いたけど、本当は具体的にあるんだけど、まあともかく、いくら何でもそこは納得できない、という部分があって、彼らから離れる決意をしたわけなんだ。
こう書くと叩かれるかもしれないし、不快に思う同業者も多数居ると思うけど、結局僕は「育ちの悪い人」について行けなかったんだと思う。前に一度どこかの日記に書いたけど、僕は某メジャーレコード会社社長から直々に「あなたはこの世界にはいるのは辞めなさい。向いてないです。普通に趣味としておやりなさい」と言われたことがあり、もちろんそのときは「なんだと?このやろう」的に燃え上がったわけだけども、今その言葉を別な意味で実感している。もちろん社長は、僕の実力など含め総合的に言ったんだと解釈してるけど、社長がそのあとに続けて言った「きみは本当にいい顔をしている。目も良い。プロは辞めた方が良い」という言葉は、いつまでも消えなかったね。

今偶然だけど、いろんな事件があの業界でも起こってるでしょう。元々あんなもんだと思う。そしてそれは、一地方都市のちっぽけな「業界」だって似たようなもので、結局ぐだぐだの魑魅魍魎、それも地方ならではの閉塞な世界感に基づくものでしかなかった。

子どもは天使か、というと決してそうでもないように、田舎は純粋か、というとまったくそういうことはなく、音楽をやっている人に悪人は居ない、と言われるとそんなことはない、と。

しかし僕はちょっとでも希望が残されているのなら、ここで撤退は出来ない、と思っていて、今までとやり方は変えるけども、引き続き頑張ってゆくのだよ、と決心してはいる。日々迷いながらだけどね。


PS
縁を切る、ということは、切られるほうも居るわけでしょ。相手は意識してなくても、こっちの中でそう思ってたら、たとえ事実は違っても、自分の中では「こっちが切った」という仮想勝利みたいな形で終われるじゃん。そうしてなんとか、自分の中で納めてるんだと思う。
前も書いたけど、自分の作品の中に、自分にとっての不純物が混ざることを僕はとても嫌ってて、なので、物や人、写真に写ってたり、ロケーションだったり、それぞれの曲に関する思い出やら、あとは、歌詞という形の言葉そのものも、ともかく、それを後々思い出して嫌になるようなものは決して含めない、って決めてるんだよね。
なので共演者も細心の注意を払って選ぶ。のちのち嫌いになりそうな相手や、もっと簡単なネガティブ要素、服装の趣味が嫌だとかそういうことも含めて、僕が良いと思った相手しか加えないわけですね。
だから、自分の曲は、自分の中では「自分純度」が恐ろしく高い。そういうところが苦手だという人もいるんだけど、ところがライブの僕を見ると、生身の僕は、それほど排他的ではないらしく、普通に受け入れられるんだよね。そこがとても不思議。

ただそれは、「音楽をやってるときの僕」という限定なのよ。そうじゃないときの僕は、みんなによく言われるけど、本当に壁が、ばばーんとあるらしい。
だから、人もなんだか遠慮して話してくるでしょ。ところがたまに、遠慮無く話しかけてくる女の子とかが居る。しかもそれが辛口だったりすると、嬉しくなってそいつに惚れたりするんだよね。ばかだよねw

それは異性だけじゃないんだ。同性でも的を射た辛口批評とかを、しかもため口でされると、けっこう仲良くなったりするんだよ。今の友達関係は全部それだもんね。

的を射てない場合は、もちろん縁を切るよw

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2009年8月25日

抱えきれないほどの過去

僕はたくさんの時代を過ごし、どっぷり浸り、そしてそこを捨て、または卒業し、次の世界やステージに進み、またそこにどっぷり浸り、そこを卒業し、次に進み。

という人生を繰り返しました。


その折々で、たくさんの人や、映像や音や匂いに出会い、それらはすべて、人生の栞になって、何かのきっかけで、思い出すときの目印になります。全てが僕の人生において重要で欠かせないものなんです。

でも、その世界に戻って、そこにいた人たちと、当時のように、触れあい話せるかというと、そういうことはないんです。僕は、その折りその折り、その世界に浸りすぎるので、そこを去ったときは、まったく別の人間になってしまい、なので、過去の自分は、その折々で、全然別な人間なのです。そうすると、自分の人生の過去を思い出して振り返っても、なんだか、他人の人生のような気がしてしまうのです。


ああ確かに、あのときあそこに僕は居たね、しかし、それは自分であって自分ではない。


そういう気分なのです。パラレルワールド。

僕の人生は、アルバムに似ています。音楽の。1枚1枚、まったく別なんです。その時代に交流してた人と会っても、「ああ、あのアルバムね。いいよね。」というように、他人のもののように捉えるのです。確かに、そのとき、僕は、そう考えてたね、そういったね、そう行動したね、でも、それは、あの時の僕だからで、今の僕ではないので。責任も持てないし、まあ、別な人が言ったんだと思ってください。


的なことなんです。


そういうわけで、そういった、それぞれが独立したたくさんの過去を抱えて、たとえば、ログインするときのユーザー名を変えられるように。過去のどれかの自分、もしくは現在進行の自分となって、今、目の前にいるあなたと話すのです。


みんなが知ってる僕は、多分、僕にとっては全員が別人です。

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2009年8月21日

山田くんの一言がオレに火をつけたんだぜ!

昨日のブリックホールラウンジコンサートお疲れ様でした。久々のアトママみれたし。グランドピアノと、大人数の観客萌えと、あの空間と。なかなか良い経験させて頂きました。ポスターも貼ってCD売った。ちょっと売れた。嬉しかった。


最近、僕のマイクにオレンジのカバーが着いてるの気づいた方もいるかと存じます。僕は他人が使用したマイクを使うのがなんだか嫌で、それで、東京でのライブ時代はいつもカバーをつけてたのですが、こちらに来て、なんだかカッコ悪いのでやめたのですよ。そのかわり、マイクからけっこう離れて歌うようにした。そうすれば、くっつかずにすむ。そんで、迫力と言うよりは、綺麗な声で歌うように心がけてスルーっと、淡泊に歌ってたんです。そんで知らないうちに、大人な感じになってたんですよね。


それで3年くらいやってたわけなんですが。ある日、Be7のおなじみ山田くんがですね。「唐川さんって声量ないっすよねー」などと言いやがりまして、私はかなりガツーーーーーンと来ましてね、

このクソ野郎!!!と。
ふざけんな若造!と。

しかし、間違ったことは言ってない、とも思いましてね。


そこからがあれですよ。もう綺麗な高音とかどうでもいい、と。かつて「声でけーよ!」と散々言われたオレが面目躍如だ、と。ちょうどバンドライブもあったりしたので、練習で歌いまくってたらね。なんか声が出てきた感じがして、そんでね、「あれ?この感じはどこかで記憶がある」と。「あ、東京の弾き語りライブ時代の発声だ、これ!」と気づいたわけです。

それで、「あーそうだった、当時はマイクにカバーつけて食らいつくように叫んでた」と。そんで、弾き語りなのにスゴい大喝采で盛り上がったりしたんだった。などと、様々な記憶が蘇りまして、それで試しに、弾き語りも復活させてみたところ、すげえ気持ちいいじゃないですか、これ。なるほどねー、って感じですよ。


そして、昨日のラウンジのグランドピアノ弾き語りに繋がるんですね。

そういうことで、なかなか、僕にとっては、ラウンジへの道は一大巨編だったのですよ。そう考えると、「山田、てめー。いいこと言うじゃん」ってことよね。うん。


PS
でも昨日久々にオケも2曲やって、やっぱりそれも気持ちいいんだわ。笑。ですので、今後は弾き語りとバンドとオケと色々やりたいね。っと。

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2009年8月17日

それぞれの人生

書くのを迷ってたのだがやっぱり書くことにする。知りあいの女性が、なんと放火で捕まってしまった。放火先はあるお店なのだが、そのお店のマスターと彼女はある仕事上の考えの相違でずっとトラブっていて、僕はその愚痴を会うたびにいつも聞かされていた。店が全焼したと聞いたとき、直感で「あ、あいつかも」と思ったほど。そしてその予感は当たってしまったのだ。翌日の新聞記事で彼女の名前を見たとき、正直ぞっとした。そして、こういう事があるといつも思うのだが、僕がナントカできなかったのだろうか、と。
さて、放火された方のお店のほうは僕は以前はよく行っていた。マスターとも客とも懇意だったし、大変お世話にもなった。みんな普通にいい人ばかりだったと思う。しかし、その彼女がマスターの仕事の関係で出入りするようになってから、僕は店に行くのを避けるようになる。何故なのか理由は分からないのだが、今思うとトラブルの予感がしたのかもしれない。
このことで今回、知人といろいろ話したが、ごく一般的に考えても、「火をつける」ってのはよっぽどのことでしょう、と。するほうもされるほうも。よほど尋常じゃないわけだよね。そしてされたほうは被害者だし気の毒と思うし、ましてや、かつての行きつけの店なら尚のこと同情もするのだが、不思議になんとなくその気持ちに距離感が今の僕にはあって、つまり気持ちに直結して「残念です!」とかではなくて、頭の中でどこかを経由して、一旦客観視して一般化してから、「お気の毒でしたね」とよそよそしく言うみたいな感覚なのだ。
以前の僕なら決してそうは思わないはずなので、その感情の変化は、やはり彼女から散々愚痴を聞かされていたことにあると思う。そして僕の感情が今回そうなっているのは、その彼女の愚痴の内容に「確かに一理ある」と思ってしまってることに理由があると思うのだ。
言い分は彼女の一方的な愚痴のみで聴かされたものではある。しかし、一方、僕は店での、彼女とマスターのやり取りなども見ている。そうして客観的に見た場合、そこまで彼女を追い込んだ向こうも向こうなのではないだろうか、と思ってしまったのだ。例えれば、虐められっこの逆切れパターンに似ている気がするのだ。そんな相手を仕事に引っ張り込んだのは向こうの方なのだ。犯罪者を擁護するようで、表だってこう言うのは実に憚れるのだが。

僕は、人付き合いの上で、何か不快なことがあったり失礼な言動をされると、簡単にその相手を見限ってしまう。知人にも良く「あんたはすぐに人と縁を切るよね。それは良くないよ。仕事も続かないし」と批判される。しかし、僕はそうすることで、実は自分を守り相手を守り、今回のようなトラブルを回避しているのではないか、と自分で気づいた。僕自身、怨念の深い人間である。創作などに携わる人の場合、概してそう言う人が多いだろうけど、だからといって、そう言う人の犯罪や迷惑行為を容認もしないけど、避ける手段はあるはず、と思う。僕の場合のその手段が「縁を切る」なのだと気づいたのだ。

実際、今回の彼女がそこまでマスターを毛嫌いしてるのなら、さっさと仕事を降りて縁を切れば良かったはずなのだ。たぶん僕ならそうしただろう。ぜったいに相交われない相手との交流を、いっさいそうして絶つことによって、トラブルに発展するのを事前に防ぐのである。もう起こってしまったことなのでこういう事を書くのもなんだか嫌なのだが、もし僕が事前に出来ることがあったとするならば、「さっさと縁を切れ」と忠告することではなかったか。どっちが悪い、とかじゃないのだ。そりが合わないのだから付き合いそのものを辞めるべきなのだ。もっとも、どうしてもそれが出来ない理由があったのならしょうがないのだが。

僕の昔からの持論は「嫌な場所に文句を言いながら居続けるべきではない」だ。これは僕の母親の言動に由来する。僕の母親は看護系の仕事をしていた。それ自体は立派なことだと思うし、僕にとっても自慢の母親ではあった。しかし僕が大いに不満だったのがひとつあり、それは家での母がともかく「仕事がキツい、仕事が嫌だ」と愚痴や文句を言い続けることだったのだ。僕はいつもそんな母の言動にイライラし、限界まで我慢し、我慢しきれなくなると、「そんなに嫌々働くなよ!嫌なら仕事辞めろよ!」とどなった。そうすると、当たり前だが「バカ言いなさい!私が仕事辞めたらどうやって食べていくの??」と母が反論してくる。「だったらつらいとか嫌だとか言わないでくれよ!」と僕が言っても「それくらいの愚痴は言わせろ」となる。
僕の家庭は外から見れば両親健在だし、母も手に職を持った仕事人なので理想的だと見られていたフシがあったが、僕にとっては、そんな事情や、その他要素も加わって、本当に居た堪れない家庭だった。

結局、僕は大人になって、自分が嫌だと思う仕事にはぜったいに就きたくないと思うようになり、そのあげくが、このような人生なのだ。いや、あんた今好きなことを仕事にしてるじゃん?と言われるかもしれないが、実際は「そりが合わない人とは即座に縁を切る」方式の実践を続けて居るせいで、僕の仕事はとても狭い範囲内でのみ行われてるだけだ。僕の作風が「自分一人だけの演奏による多重録音」なのも、不純物を自分の作品に混ぜないため、という理由のほかに、そのことを実践している、という部分も大きい。

そんな話を彼女にしたとき、「それはね、あなたがやってるのが音楽だから出来ることなのよ。私は編集だしデザイナー。クライアントが居て人と付き合わなければ出来ない仕事なのよ…」と絶望的な顔で言われたのを今でも思い出す。

僕は幸せだったのかもしれない。
みんなは、これからも、良い人生を!

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2009年8月13日

Maicou Night@BODY II SOUL 報告

初の Maicou Night というイベントセッションでしたが、
なんとか皆様のおかげで成功し、よかったです。


まず私が、久々の完全弾き語りでオープニングアクトを。
これは緊張したけど、グランドピアノは気持ちよかったねー。


そのあと、田中マサオミのソロステージを。
彼の曲は複雑でぴりっと締まるのでいいです。

後半2曲で僕もピアノとコーラス参加しました。


その後、ピロリーナのソロステージ。
私はエピフォンカジノで参加。

3曲目で新曲の「くじらの晩餐」を披露。
僕はこれにドラムで参加しました。なかなか大盛況でした。


そして、いよいよ、私のバンドステージ。

今回の目玉、ポリーさんのドラムス参加です。
緊張して落ち着かないというので、普段は最後にやるエヴァーグリーンマンを最初に。

ここから、エリック前山さんにもご参加頂き、これはBassをお願いしました。

なかなか気持ちよく終わったので、1曲だけの予定だったポリーさんに、
そのまま Brandnew World も叩いてください、とお願いし、
エリックさんには、Be7の時と同じくギターを弾いて頂いてロングバージョンでやりました。

最後は、僕とマサオミだけで、きみのイマジナリーラバーを。

これ最後にやったこと無いけど、なんかいいね。じーんとしましたね。


ジャズやロックのセッションは、僕も良く参加したし、過去も経験があります。それを、オリジナルのポップスですることは可能だろうか、と考えたのが、今回のセッション企画の発想の始まりだったのです。もちろん事前に合わせたり、さらったりはしましたけど、特に、僕らの曲はみんな難しいし(笑)、もっとラフな感じで楽しんで欲しかったのですよ。そういう意味では、とりあえず楽しそうにやっていただいて、僕は嬉しかったし、なんとかホッとしました。

今後もこれは月一でやりたいので、皆様今後とも何卒よろしくお願い致しますね!
(次回は9月8日です!)


あと、CDお買いあげありがとう!
Amazon iTunes Store


やっぴー。マンモス乗りピー。

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