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2009年5月21日

線維筋痛症について。

芸能界事件簿 故・大杉君枝アナ(2)
http://npn.co.jp/article/detail/68628953/

僕は4年前まで日テレ関係の仕事をしていました。

日テレのアナウンサーで鈴木君枝さん、結婚後の名前は大杉君枝さんですが、
彼女のことを覚えている方もいると思います。

僕も、会社ではよく見かけたし、一度は帰りの電車が一緒になり、
なんとなく至近距離で眺めていたこともあります。

そういうこともあって、僕は君枝さんのことは何となく親しみを感じていました。

その彼女がかかった病気が線維筋痛症というものでした。

その病気を調べるうち、この手記に出会いました。
http://homepage3.nifty.com/fmsjoho/page012.html

僕は、この手記の中の、映画の話、
戦争やホラーの話にものすごく共感しました。
すとーんと納得しました。
そうなんですよ。

人のことは判らないのです。
他人に起こったことの感覚や痛みや喜びやなんかもろもろを、
自分の身に置き換えて、共感できる、というのはかなりの高度な感覚なのです。

相手や登場人物に、自分を当てはめたりするということは、
そういう感覚が身に付いていないと判らないのです。

大変言いづらいことですが、
僕は、よほどの思い入れがない限り、
赤の他人の不幸では泣けない人間です。
たとえば、有名アーティストが亡くなったりした場合でも、
僕は、ほとんど何も感じません。
僕はその人の知りあいでもなんでもないからです。

でも君枝さんのことは共感できるのです。
それは僕が彼女を何度も見ているからです。

話がそれました。

この病気がどれほど壮絶か、というのは
上記の手記をいろいろ読んで頂くと判ります。

どれほどのつらい病気や経験でも、
それを赤の他人に伝えることは、非常に難しいです。

わかりやすく物事を伝える。
これは並大抵の技術じゃないです。

あのサイトの文章は、そういう意味では、
素晴らしい表現の文章だと思うのです。

現に僕は読み進むうち、実際に、
自分自身が同じような痛みを感じるような感覚になりました。

人の気持ちを理解しない、できない僕が、感じたわけです。

なので、普通の喜怒哀楽の持ち主なら、
もっともっと判るはずです。

この病気のこと、また、これ以外でもあまり知られていないこと、
そして、どういう気持ちなのかわかりにくいことを、
このようにどんどん優れた表現者が、表現していくことだと思うのです。

そうすることによって、みんなの感覚や意識が変わってゆくのです。

それは病気とかそういうことだけじゃないです。

音楽やら映画やら、舞台やら、
すべての表現につながることだと思うのです。

君枝さんの身に起こったことはつらく悲しいことでしたが、
最後までメディアの人間として、その仕事を全うされたと僕は思います。

少なくとも、僕は彼女のお陰で、判ったことがあったのです。

感謝します。

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コメント

そぅなんだぁ…ウチゎ結構、関係なぃ人でもゃっぱ死ゎ悲しいなって思うょ。  まぁ映画とかでゎ死ぬ系ゎ嫌だけど

投稿: りすちゃ☆ | 2009年5月21日 20:48

なんか、無理に考えないように我慢する、みたいな感じが僕はある。感情を抑え込むんだよね。感情を我慢する癖が昔からあるのよね。素直に泣ける人はうらやましいしすてきだと思いますよ。

投稿: karaヽ(^o^)丿 | 2009年5月21日 21:23

ま〜俺も知り合いじゃなかったりしたら知らん顔しますね。 第三者的立場というか、客観的に見ます。 まだ若いですから、これから感じて理解していきます。

投稿: ハイビスカス男 | 2009年5月21日 23:00

上記のHP拝見しました。 実に丁寧に、わからない人へわかってもらえるよう、 書いてありますね。 こういう事が出来る方って尊敬します。 なかなか理解する、というのは難しいですね。 筆者が映画を観られた時、辛い経験の為、世間の一般的な感情と、 自分の感情がかけ離れたというのには、はっとさせられました。 そういう事ってあるんですよね、きっと。 そういう事がわかってあげられる人になりたいと、思いました。

投稿: なみまる | 2009年5月22日 09:36

>ハイビスカス男さん そういう感覚が普通とも言えます。 なんか昨今、妙に感動やさんが多いですね。 などと僕はついひねくれますが。 まあしかし、素直が一番です。 年とともに頑固になる人が多いですが、僕らは徐々に素直になっていきましょうかね。

投稿: karaヽ(^o^)丿 | 2009年5月23日 20:52

>なみまるさん そうですね。 体験記や手記はたくさんあります。 それに引っかけてナントカ商法を誘ったりとか。 そういう凡百のものとは、この手記はまったく違いました。 こんな些細な、というか、お話でも、伝える才能というものがあるのだ、と。 改めて思ったのです。 そう考えると、自分も含めて、 どうもコミュニケーションが下手なんですね。みんな。 僕も自分の曲の歌詞では、同じようなことを歌いますが、 果たして自分自身が、人に判ってもらえるよう、 真摯に伝えようとしているだろうか、と思いました。 また逆に、相手の立場に成り代わってみて、 追体験して、というような共感の仕方をさぼってるんじゃないかとも思いました。 上のコメントでもちょっと書きましたけど、 つらいことがあったりすると、感情を封じ込めることが癖になるんです。 僕らはそれでも、作品としてアウトプットできますけど、 できない人の、そのフラストレーションというか、閉塞感は、 知らずのうちに、いろんなものを蝕むんじゃないかと思いました。 優れたものに出会うとき、人生が変わったとかよく言いますけど、 これもまさしくそうだった気がします。 これから、その答えをまた探していきたいと思います。 丁寧なコメント、ありがとう。

投稿: karaヽ(^o^)丿 | 2009年5月23日 20:59

私の場合、自分に余裕があるときって他人に共感できたりします。 そして余裕がないときは全然ダメですねぇ。 それは自分の状況を伝えるってことにおいてもそうだったりします。 歳をとればとるほど余裕がなくなるって「おかしいな?」と思うんですが でも実際どんどんそうなってます。 まぁ若かったときも十分余裕はなかったんですけどね^^;

投稿: 拳王さま | 2009年5月25日 09:52

>拳王さま

ごめん気付かんかった。汗。そう。おれもおなじですね。人を慮れるってのは、余裕がある人ができることです。毎日いっぱいいっぱいなんですよね。みんなが。そんなスパイラルから抜け出したいよね。

投稿: karaヽ(^o^)丿 | 2009年10月28日 10:20

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