« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

2009年3月30日

ドラムとグルーヴの心得

最近いろいろあって、久々にビートについて考えた。

グルーブってのは「はしょること」なんだなっていう大発見もあった。



まず僕の基本は、正しいビートありき!なんだけど、
これは「つのだ★ひろ」さんに教わった影響が大きいね。

高校の頃、彼のクリニックに行ったとき、
プロになるなら最重要優先は正しいビートです。
と再三言われた。。

手数王は、身内では拍手喝さいでしょうけど、プロにはなれません。とね。
なかなか耳の痛いクリニックだった。

その後も、僕の友人や仲間で、しっかりしたプロ志向の人は
ドラムに限らず、ギターでもベースでも、ともかく
正しいビート最優先の人ばかりだった。

そして、そういうこと注意する友人は、みんなものすごく上手かった。
正確だし熱いし、みたいなプレイをする人ばかりだった。

その頃の僕は、正しいビートをなかなか叩けなかったので
みんなに、散々注意されたり罵倒されたりしたよ。

それで頑張って何とか習得しようと、いろんなことをやった。

最終的には、キャバレーのハコバン時代に、やっと習得した。
自分の望んだテンポで望んだビートを、グルーブとして出せるようになったんだ。

その直後、バンド仲間に

「あんたは、リズム感ない人と思ってたが実は違ったんだねw」
「今まで努力してなくて、練習不足だっただけだったんだね」

と言われ、嬉しいやら赤面やら、複雑な気分だったね。

その後僕はドラムを半分引退したけど、
そこで掴んだリズム感は、Bassやギターのカッティングなどに生かした。

僕が多重録音で、本格的に宅録始めたのはそのときからだね。
当時の曲は、曲だけでなく、自分の「演奏」もかっこいいです。


バンドのドラマーってのは、アンサンブルの、文字通り「要」です。

ドラムが下手だったりセンスないバンドはダメ。

ダメなだけでなく、バンドのほかのメンバーに悪影響を与えてしまいます。
要するに、他のメンバーまで下手にしてしまうってことです。


もうひとつ重要なのは、僕はここの日記でも前に書いたけど、
エイトビートということを舐めるな!と。

こないだのラジオで言ったけど、ボンゾの2拍目スネアは神です。
エイトビートの場合、曲が始まって2拍目にスネアが入るでしょ?

あれがバシッと決まる人が(ロック的には)最高のプレイヤーです。

それがボンゾだし、ビーチボーイズのデニスだし、リンゴだしってことになると思う。

多分僕は、この世で一番エイトビートにうるさい人です。笑。


書くのめんどくさくなったので、次回に続く。笑。


土曜のラジオの動画、公開中です。
http://www.stickam.jp/video/178802609
楽しそうです。笑。

| | コメント (2)

2009年3月29日

自分の意見を言わないDAY

2ちゃんのすごかったところは、自分がマイノリティだとすっかり思ってたのに、こんなに同志がいたのか!と思えたところだよね。マニアックな趣味とか。

いいことならいいけど、ネガティヴなことすべてに関しても起こってる、嫌〜、〜叩き、マスゴミ、パクリ指摘とか

たとえば似非科学とかインチキくさいと思ってるのに回りの殆どは信じている、誰もわかってくれないのか…と絶望しかかったときに掲示板で大勢の同士発見!みたいなことが。

自分ひとりで密かに思ってれば、そのうち憤りもFOするけど、そうよね!そうだよねっ!!で共感して共振してどんどん膨らんでく。自分の中でも人の中でも。

一度みんな、一斉に黙ればいいと思うよ。自分の意見を言わないデーを設ける。そうしたら消える感情がたくさんあるよ多分。

| | コメント (2)

2009年3月25日

聖少女

昨日ネットしてて、久々に倉橋由美子の聖少女を思い出した。

おおむかし。
帰省から東京に戻る途中の駅のホームで偶然見つけ、
タイトルに釣られて買った(笑)文庫本。

その後の列車の中で夢中になって読んでしまって、
その後もずいぶん影響が残ったなあ。

倉橋由美子が、というのか、聖少女の主人公(未紀)が、なのか
もしくは両方なのか、判らないけど、

ともかく、この人の持つ孤高観というかスタンドアローン観みたいなものが、
今でも自他に求める基本になってる気がするのだ。

そして自分の創作の原点にもなってる気がする。


2000年にインターネットを始めた僕は、

ネット上で日記や散文やエッセイなどを書く女の子たちが、
たくさん居ることに、

そしてそれらの文章がドレも素晴らしく魅力的であることに
ものすごく驚き、感動した。

彼女達はみな独自の言葉文体感覚を持っていたし、
瑞々しくて、とてもじゃないけど僕は敵わないと思った。

彼女達の文を読むことで、僕は自分が失ってしまった事があることに気付き、
そしてそれはもう取り戻す事が出来ないのだ、と絶望も感じた。

今思うとそれは、聖少女の中に居る未紀のような女の子達が、
あれはフィクションだったけども、
実際に世の中に現れ始めた最初だった気がする。

もちろん、文壇には、倉橋さんの影響下にある女性作家さんはたくさん居た。

でも、そういう、プロの表現者ではなく、
一般の子たちの感覚がそうなった、というのはすごく新鮮だったし、
僕にとって、衝撃というか、うれしいことだったのだ。

嬉しい、というのは、そこにかつての自分を見たからだよね。


そういうネットで知り合った人の一人と今僕はコラボをしている。

素晴らしい出会いだったんだな、と今つくづく思っている。

聖少女のことを思い出してよかった。

| | コメント (2)

2009年3月20日

あざみの歌

http://www.youtube.com/watch?v=KyADeCsbPD0&fmt=18

http://www.youtube.com/watch?v=uwLUT30XNJY


最近、山口修&純子さんアルバムをレコーディングしていますが、
これらの日本歌謡みたいのがいくつかあります。

いくつかの曲は僕もアレンジしており、まあ大変です。
斎藤ネコさんなどを思い浮かべつつ頑張っております。

昔は僕も、こんなもん聴くかよっ!というロック野郎でしたが、
うちも親などが、それ相応の年齢となり、
こういう共通点な話も、今後何回できるかとおもうとね、
まあ、それなりにぐっと来るなと思いながらレコーディングしております。

うちは、父も合唱団におり、母も歌が好きで上手かったです。

こういうのがテレビでかかると、母などは必ずいっしょに歌うんですな。
昔はうぜーと思ったが、まあしょうがないですね。

父は僕に似ていて、そんな安売りはしないです。

簡単に歌を口ずさんだりにせずに、
歌うときは必ずしっかり準備して、浪々と歌う。
そんで、見事に上手いね。

まあ、そんな、かわいげのない奴です。


こういう曲を若い人が歌う、というと、
椎名林檎みたいな人を思い浮かべます。

彼女はなんでもやるようでいて、実はちゃんと自分ならではの基準がある気配がする。

それをつかめないと、ただの雑食に見えるのだけど、違いますよね。

その辺が、そのほかの林檎フォロワーと違うところです。


そんなこんなで、だんだん日記も、とっとこ揶揄太郎になってきましたので、
お別れいたします。

アルバム完成を楽しみにしてくださいな。

1 小さな空
2 アベマリア(シューベルト)
3 千の風になって
4 世界の約束
5 アベマリア(カッチーニ)
6 時代
7 さくら貝の歌
8 山あれば(山頭火)
9 水は流れて(山頭火)
10 アザミの歌
11 花
12 ふるさと

| | コメント (0)

2009年3月13日

禁煙先生

こないだ、ある人と話してて、

そういえばうちの部屋は、何十年も禁煙だよ、しかもそれで困った事がないよ、

と言ったら驚いてた。

何度も引越しはしたけど、どこの家でも全部僕は禁煙にしてました。

レコーディングとかでいろんな人も家に来たけど、
すわない人が殆どで、吸う人も外行ったり換気扇のそばで吸ったり、
いろいろ気を使ってくれたので、こっちが気にすることは殆どなかった。

今の部屋で、吸ったのは富永健太だけ。
まあ彼はしょうがないからw

まあ、そんな条件だったので、
タバコすう人は自然にうちから足が遠のいたのかも知れない。

でも、喫煙人口自体、どんどん減っていて、
まわりで、タバコを吸う人自体を、あまり見かけなくなったからなあ。

なので、たまに街とかでタバコ吸ってる見ると
「あ、タバコ吸ってる!」
って珍しい感じで見ていたもんだ。

長崎に来て、まあ東京よりは吸う人率多いけど
それでも、僕の周りにはあんまり居ない。

唯一例外だったのが、前いた例の会社でね。

奴らと来たら全員が全員、超チェーンスモーカーでね。

会議とかともかくひどい。拷問。

こんなところにいちゃ長生きしないな、と正直思った。


こないだ、ある場所で

「賭け事にはまらなかった人生というのは、それだけでじゅうぶん幸福な人生である」

みたいな言葉を見たんだけど、

僕は賭け事とかギャンブルとかほんと興味なくて、

それは昨日の日記にも通じるんだけど、
まぐれとかそういうの嫌なんだよね。

それといっしょで、タバコを知る事がなかった人生、というのは
それだけで幸せだったろうな、という気がしてる。


ところでタイトルは飛ぶ教室だね。

この禁煙先生は、実はヘビースモーカーなんだよな。

じゃなんで禁煙先生というのか、それはネタばれになるので言わない。

| | コメント (2)

2009年3月 9日

田舎バーワイン

昨日は、私は集団に属せず冷めた人間なので昔からみんなのハブなんですよ、
という話で盛り上がりました。

まあしかし、クリエイターたるもの、それでよか、みたいなことではないでしょうか。

飲み友達が一人もいないのはちょっと寂しいですが。
僕はたくさん飲めるので、誰もついて来れないんでしょうね。

あと、飲むと(飲まなくても、だがw)
濃くて深い話しかしないので、
そこにも着いて来れないのだと思います。

飲み会とかで一人で浮いていると、
インタビュアーってすごいなあ、と何故かいつも思います。

僕がいつもたくさん話すときは、上手く引き出す相手が居るときですね。

僕は自分が伝えるべき事はまだたくさんあると思っています。

でも真剣に聞いてくれるのは田中マサオミくんくらいですw

しかし、彼はちゃんと生かしてくれるはずなので心強いです。

PS
近々ここでライブやりますよー!

| | コメント (2)

2009年3月 2日

どこにも無いから私が創った

子飼弾氏のこれを読んで思い出した。
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51182931.html

そうそう。

僕がそもそも曲を創り出した理由って、
自分の好きな曲が、当時の日本のどこにも無かったからなのだ。

それこそが、僕が曲を創って歌い始めた、

もっとも大きな理由だったし、初期衝動だった。

僕は自分が好きだと思う、気持ちいいと思う曲しか創らなかった。

絶対的な判断基準はそこだけだった。

しかし、僕は自分の判断基準を信じていた。

自分が良いと思えば、ぜったい一定以上のクォリティのものが産めるはずだ、と。

だからこそ、自分の曲は、
自分自身が気持ち良いと思える部分だけで出来てる。

歌ってても聴いててもいつでも最高である。

そうじゃなきゃ意味ないじゃん。

あんなに苦労して生んだのに。

そうして何年か過ぎて、EverGreenMANという曲が生まれた。

これは、それまでの中で、一番力を抜いて、
適当に作った曲だった。

自分自身が気持ちいい、と思う部分も
今までの自分の曲の中では一番少なかった。

思い入れもまったくなかった。

そうしたら、今までで一番うけた。

そっか。

自分のために創り続けて、

やっと「売るための余り」が出たのね。

そうして僕は初めて他人に褒められた。


というのが、上で出した、子飼さんのエントリーだね。

深いね。




追伸。

僕が元ドラマーだったと言う話は最近よくするけど、
じゃ、何で辞めたの?って言われて、あまり理由を言ったことはない。

今思い出したけど、ドラマーじゃ曲創れないから。

そんで、創っても他人に演奏させたくなかった、
自分でやりたかったから。

ドラマーじゃ、自分だけのために曲創れないから。

だね。


追伸2

そうえいえば、あのZeppelinのサイトもそうじゃん。
あれこそ、どこにも無いから創った、の典型だ。

| | コメント (0)

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »