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2008年7月26日

音楽の力を過信しすぎた弊害

ふと思い立ち「リリイ・シュシュのすべて」を見始めたが、どうにもこうにも居心地が悪く、途中で留めてしまった。以前一度見たことがあるので結果とか内容は知っている。その時も何処か居心地の悪さと後味の悪さを思ったわけだが、その理由がなんなのか、残忍さを執拗に描いてるからなのか、いやしかし、それだけで、こんな違和感を感じるだろうか。そんな、以前感じた疑問を今回払拭したいと思ったのだ。

そんで今回気づいたのは、音楽というものの有効性をありえないくらい信じていること。つまり、観ながらツイッターに書いたメモ「なにか音楽を特別なものにでっち上げようとしてる作為が見え見えで、というか、そんな時代の臭さふんぷんで、あー嫌な時代だったな、と。」のとおりである。ここに出てくるリリイ・シュシュなる架空のアーティストにしても、サティやドビュッシーにしても、音楽そのものではなく、その醸し出すイメージ、時にはねつ造とも言えるような、「虚」そのものである。この映画の中ではアーティストや作曲家は生きた人間でもなく音楽でもなく、それはまるで北欧の家具と同義であり、「サティ(笑)*1」である。

映画の公開は2001年なわけだが、思い返せば確かにそういう時代だった。メディアやレコード会社の垂れ流す、アーティストや作品の過度なイメージを、そのまま受け入れていた時代。いやほんとは、もう既にそれはインチキなんだと、みんなが気づき辟易していたのに、あたかもその戦略が未だ有効であるかのごとく、信じさせ、…これは、リスナーに対してだけでなく、他ならぬ制作側やメディア自身が自らをそう騙してたとも言えるが…、そうしてバブル終演を可能な限り遅らせようと言う悪あがきが如実に表れてるのだ。

音楽業界の経済的な動きは実社会よりも微妙に遅れて現れる。世紀末バブルで自分たちのシステムが未だ有効である、と勘違いしてしまったメディアの人々が、余力のあるうちに、と、せっせと柳の下のドジョウを濫造した時代。この時代を経てるから、みんないま、メジャーとかインチキくさいとかいう弊害になったんじゃないのかと痛感する。そしてそれは、林檎の一時引退とリンクする。

さて翻ってこのオレであるが、この日記や過去ブログでも散々話したとおり、「音楽は音楽でありそれ以上でもそれ以下でもない」と言う持論を信じ続ける人間であり、それを実践してきた。前述したメディア発信側が「音楽を音楽ではなくそこからの派生イメージだけで売るという戦略の有効性」を信じ続けた結果、今のような市場崩壊に至ってるのだとすると、このオレは全く正反対で「音楽を音楽としてだけ捉え、その力を信じ続けた結果、哀れな開店休業状態に至った」と言える。

つまり、オレは自分が素晴らしい音楽を生んでいる、という、ほぼ勘違いに基づくっていうか、根拠のない過剰な自信に支えられて、他のことに目もくれずに作品を作り続け、良いものであれば必ず誰かが聴いてくれるのだ、という幻想を信じ続け、営業活動を全く行わなかった。媚びることもせず、要請にも応じず、あくまで自分のスタイルとペースを守り通した。その結果としてオレは、かつて所属した業界内の輪、ディレクタープロデューサー等の方々からの、発注先としてのリストからいつのまにか外れていた。勿論彼らは今でも知人である。しかし、仕事相手としての付き合いではなくなった、ということなのだ。

オレは昔から年上の世代に可愛がられなかった。それは業界内でも変わらなかった。オレは「ここは違う」と信じていたけども。結果は同じだった。どんなに良い曲を生んでも*3、相手の有効な駒にならなければ、存在価値は認められないのだった。そうしてオレは地下に潜り、身を潜め、時は過ぎ、周りの世代が皆年下になっていき、自分が貫けるようになったのを見計らって、再浮上を意識するようになった。それが今だ。

前回の日記に書いたように、オレは自分の仕事は作詞作曲し歌うことだ、と認識してる。だからこそ、最高の曲を生んだのだからそれで満足、とも言えるのだし、そのことに後悔はないかと問われれば、ない、と応えられるのだが、ちょっと人情的な部分で言えば、たとえばオレが最初にスカウトされたとき田舎の両親が「紅白にはいつ出れるんだい?」と訪ねたこととか、テレビを観るたび最後のスタッフロールでオレの名前を探した、という話を聞くと、やはり人の子としてはチクリと胸が痛む。痛むのだが、しかし、そうしか生きられなかった自分がいるのだ。それでも、何も出来なかったよりは、こんなに良いもの書いたぜ、と報告出来るだけ幸せだと思ってる。

*1:スイーツ(笑)
*3:一応みんな口々に褒めてくれたので

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2008年7月24日

自己最高を連発しとけばとりあえず満足する。

こないだ久々に2ヶ月ぶりくらいに、自分の曲を歌うっていうライブやったのよ。その2ヶ月の間には、女の子のプロデュースと、10年ぶりのパーカッション奏者の仕事と、あとは裁判と、いろんなこと抱えてたわけでさ。いつのまにか、自分自身のことなんかどうでも良くなってた感があったのよね。

そんな満を持しての自分のライブが2ヶ月ぶりにあって、数日前に練習始めたときに既に「ん?なにか感触違う」って思ったんだけど、そんで本番に臨んでみたところ、かつてないくらいの気持ちよさとかカタルシスを感じてさ、なによりともかく、自分の楽曲がさ、とてつもなく良いわけさw

勿論自分で良いと思って作ってるんだから、どれも好きで思い入れがあるのは当たり前なんだけどさ、それ以上に、もう客観として、すっげえ美メロで歌ってて気持ちよくてさ、これすげーこれすげーってずっと思いながら歌っててさ。オレって自分の曲に外れなしだよな、とかもうとてつもない自画自賛状態になったわけですよ。

この日記読んでる人、オレのことどう思ってるのか知らないけど、ただの屁みたいな田舎の音屋さんだけどさ、例えば成果がメジャー発売とか、メガヒットとか、そういう目に見えて自他共に認める形で、証明されたとして、それって何かの満足感を得るのだろうか、トカ思ったんだ。

このライブでオレ自分の歌歌って、こんなにすごいのばっかり生んだんだ、他に何が要るのさ?トカ思ったんだよな。

その違和感みたいのの理由を、その後2~3日考えたんだけど、そっかーオレって、オレの仕事って、作詞作曲して歌うことでしょ?と。だから素晴らしい作品生んで歌った時点で、仕事終わってるんだこれは、って気づいたわけだ。

その作品をさ、営業したりお金に換えたりとかいうのは、他の人の仕事なんだよ。オレは自分の役目は果たしたわけ。だから、もう満足。

だからね、逆に、自分が満足出来なかった駄作をさ、増産とかしてしまうとね、これはさっき言った目に見える形での成果がほしいよね、と。仕事に満足感がなくてなにかずーっともやもや引きずるってのは、そういうことなんじゃないかと。

もちろん、自分が名作生んだと思ってそんで満足しても、それが人々に好かれてお金にもなってさ、成果出ればそれは嬉しい。嬉しいに決まってる。しかし、不幸にもそうならなかった場合、そのエクスキューズとして、自分は最高の仕事をした、という自負っつうか、自信が有れば、それでまた次に進めるんだよ。

そうおもったんだ。

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2008年7月17日

告発のゆくえ

と言うことで久々に書いてみようと思うけど、とは言っても書けることはあまりないんだけども、というのは実はこちとら裁判中なんだよね。そう言う話はいろいろ聞くけども、ほかならぬ自分自身がそう言う立場になるとは思ってもみなかったよ。

まえにツイッターで少し触れたんだけど、ものを作ったりする人って言うのは、ちょっとどこか抜けてたりお人好しだったりする人も多くて、契約関係やらで揉めることも多いんじゃないかと思う。そう言うのフォローする体制が整ってれば良いんだろうけど、フリーでやってる人はなかなかそうも行かない。それでも、業界内の各先輩やら同僚にまだ聴けるだけましな環境とは言えるかもしれない。

そんでだいたい80パーセントくらいの人からは「確かに大変だったし悔しいでしょう。しかしここは良い経験だと思って、すっぱり次へと進みましょう」みたいな前向きなアドバイスをもらうことも多い。また実際、そんな法的手続きやら書面書きやらで手間取って、肝心の創作活動がおろそかになるんじゃねえ?みたいなことも良く聴く。しかし、それも実際に自分が渦中に巻き込まれてみると、そんなこんなで必死に脳内活性化していろいろやってるうち、冴えて来るみたいな、ランナーズハイみたいな感じになってくるのが、なんだかおもしろかった。とは言っても時間を取られてるのは事実なわけだし、そこら辺は適度にしとかなきゃね、とは思う。

今回の騒動なんだけど、簡単に書いておくと、以前から取引のあった会社があった→うちの会社大変なので社員になってくれない?→いや遠すぎますから何か条件とか?→それじゃあ社宅みたいな形で家を貸しましょう→しょうがない、じゃあとりあえず行くね→会社破産&新会社に名義変更→会社なくなったから家出ろ&今までの家賃払え→あっそう、じゃあ前に仕事した分のこっちの債権と相殺ね→いえできません。別の会社なので。ほらね(と登記簿見せられ)→あほか、どう見ても同じ会社じゃん。ふざけないでさっさと相殺しる!→できません。払わないなら法的処置→裁判←イマココ。

とまあ、なんだかくだらんと思いつつも、おれも世間知らずなんで良くわからないんだけど、100歩譲って騙されてるオレがバカだとしても、このジャイアンな奴らを放っておけるかっていうところなわけだね。

今回の件でいろんな人に相談したんだけど、特別背任とかもろもろで告発するってのは並大抵のことじゃないらしい。それに人は正義だけじゃ動かない。勝算なきゃ弁護士も着手もしないし、警察もダメ。あげくはこっちだけ空気読めない人扱いで村八分みたいな結末になりかねない。狭い町だからねえ。

知人友人はみんな東京戻って来いやーみたいに言ってくれるけど、ここはもう少しこれをなんとかしてから最低でもその後の身の振り方考えようと思う。とりあえずレーベルも作ったことだし、良い作品さえ生んでればなんとかなるような気もする。

などと、この期に及んでまだそんなのんきなことを言う。さすが公務員が両親の一家に生まれた人間である。(自画自賛w)

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