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2007年12月30日

aiko 特集

ということで予告していた通り、本日が最終回となります。

最終回と言うことでそれに相応しく…。aiko特集です。

2000年にライブ&プロモーション活動が終わって、
さてこれからどうしよう、と思ったときに偶然aikoの「前ならえ。」を聴き
がががーんと、未だかつてないショックを受けたこと。
その後2年間、殆ど毎日aikoを聴いて過ごしたこと(あとはZepのライブ音源のみ)。

独特のメロディラインと、その歌い方やフェイク唱法が、もうすごくて、
僕にとっての神様だったこと。
「鳥のように歌う」と言う言葉は彼女のためにあるのだ、ということなど。
最終回にふさわしく語りまくってます。

曲は「前ならえ。」
そしてaikoが世に出るきっかけとなった「ひまわりになったら」
この2曲を流します。

本日深夜0:45分くらいから。FM長崎です。


活動の切れ間で、aikoに出会えたのは縁だったと思うし、
その後の進む道筋も完全にaikoによって導かれたのです。

出来たばかりの僕のニューアルバムにも
その影響はかなり大きいと思う。

ずば抜けた才能に出会うとき、「参りました m(__)m」と思うと同時に
「こんな小娘に負けるもんかっ!!」というライバル心みたいのが芽生えるのです。
それがモチベーションとなり、その後も頑張ることが出来たのです。

3年後に僕は新たなライバルと出会いました。
そういったことを歌にしたのが僕の「Brand-new World」です。

私がaikoを好きだということは、ほとんど人には言っていません。
アルバム完成まで人には言ってはいけない様な気がしていました。
魔法が切れてしまうような気がしたのです。


そんなわけで、先週で終わりだったはずの番組が、
実はもう一回あると聞いたとき、
これは「aiko」をやるべきだ、その為に用意された最終回だ、
これも運命だ!と勝手に決めました。笑。

コーナーの最後で言っていますが、
これからはまた新しいライバルに出会わなきゃならないですね、と。
そうですね。
私の周りの方々、どんどん私を打ちのめしてください。
素晴らしい音楽をこれからも続けて行きましょう!

11ヶ月間ありがとうございました!

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2007年12月27日

今年の正月

って書くと、これから来る正月のことみたいだが、
もちろんそうではなく、350日くらい前のことである。

長崎に来て初めての正月だったが、何をしてたかというと、
ずーーっとレコーディングしてた。

会社もなくて、ここは田舎だし、とても暇だったのだ。

今でも忘れないが、「きみのイマジナリーラバー」のミックスが
とてつもなく素晴らしく完成したのが今年の1月2日。

今のアルバムのレコーディングを始めてから
初めて「これは完成品だ!!」と思えたミックスだ。
そして。
アルバム収録曲の中でもいちばん最初にミックスが出来た曲だ。

今回のアルバムには、その1月2日の完成品が
そのまま収録される。

今年の正月は他に何やってたかねー。
といろいろ考えてたら、そうそう。
1月4日にイベントライブの予定があって、
だから、酒飲んだりゴロゴロしてる場合ではなかった。
ってことを思い出した。

31日から、ミックスの2日間を経て
ライブ用練習などをしつつ、正月が終わったのだ。

前日にリハもあったんだね。すげえや。

4日にライブが終わって西友で惣菜かって初打ち上げをやった。
自分ひとりで。
これが本当の正月だったかもしれないですね。

こっちに着てからはライブの打ち上げは殆ど一人だった。
何でかって言うと、外でやると終バスに間に合わなくなってしまうからだ。

だからさっさと帰ってきて家で一人でやるってわけ。

たまには人と飲みたい気分になるけど、
なかなか私に付き合ってくれる人が居ない。
何でかって言うと、私がめっぽう酒に強いからなんですね。

あとは、多分、酔うと延々マニアックネタ続けるからだろうな。
どっからでもかかって来い、みたいになるからなあ。

ひとつのキーワード出されると、
複合的にたくさん話題が頭に浮かんで、
どれ話せば良いかわからなくなる。

たとえば、「ポールがさ…」と相手が言ったとしよう。

さあ来た。
ビートルズの話か?
デビュー前のエピソード行く?
Bassの話する?
サージェントペッパーのレコーディングの話がいいか?
オクサンとの話か?
ジョンとの喧嘩の話しか?
ジョージ虐めた話か?
ブライアンウィルソンとの関係にする?
ウィングスか?
ツアーごとの曲目行く?
どの年代のテイクが良いとか話すか?
デモのコードがちょっと違う、とかにする?
ロケストラのことか?
共演したジョンポールジョーンズの話する?
Zeppelinはジョンジーが居たからカッコいいんだろが。
ジョンジーのZepセカンドの驚異的Bassラインの話だろなやっぱり。
セカンドといえばアビーロードをチャートで蹴落としたって話よね。
そういえばクリムゾンもそうだったって言うのはデマらしいよ。

そんなこんで1〜2時間あっという間じゃん。
うざい人ですねー。
誰か一緒に飲みましょうよってば。笑。

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2007年12月26日

オレオレ主義

先日レギュラーで出ていたラジオの収録に行った。実はオレは番組レギュラーを今年一杯で降りることになっていて、最後の収録も終っていたので、もう行くことはないだろうと思ってたのだが、特別企画があって急遽呼ばれたのだ。先日、会社の業務終了のことを書いたが、この番組もその関係のものである。そういう意味では最後のお勤めだったともいえる。そんなわけだがスタジオに着いた早々、もう一人の番組パーソナリティが、どこから連れて来たのか、数人のスタジオ見学者を前に「自作曲」を歌い、必死にアピール中の場面に出くわす。アンタさ、オレがもうひとりのメインだろが。時間ねえんだしさっさと収録準備しろよ、と思ったが、その気配なし。

こういう業界には「元アーティスト」みたいなプロデューサーが多い。表向きは自分が歌うことを諦め、若者をプロデュースするために第2の人生を、みたいなスタンスだが、実際会ってみると、今でも野心ありありで、隙さえあれば自分を売り込むことに必死になるのだった。元々才能があり「今こういう不遇状態なのは運がなかったんだね」という人も中にはいたが、「ちょっとどうかと思う」という人も多いのだった。そんな人が他人のプロデュースなんかやっても上手く行くはずない気がするんだがね。

そのラジオの彼もそんな一人だった。表向きはオレの事を立てていても、いざとなると毎回こうなのだ…。この場面でオレが歌い出だせば、オレが全ての空気を持って行くことはわかってる。そうなれば彼が不機嫌になるのも、火を見るより明らか。必死なアーティストほど扱いにくいものはない。オレは知らん振りして放置プレイを貫いた。

会社もいつもそんな状況だった。問題なのは、その状況を客観的に判断できるスタッフがいなかったことだ。そういう「オレがオレが」言う人は大概、人格的にも面倒な人が多いので、みんなが避けるようになる。結果的に誰も何も言わないので、その人の思い通りになってしまうのだ。

どこの会社でも在るのではないだろうか。社内で浮いているが外向きには顔が知られている人とか。

ということで、ラジオの彼は、ひとしきりアピールし終わると、おざなりのようにオレの話題に触れ「実に才能のある人なんですよ」とか言う。しょうがないのでオレも見学者(全員女性)に「よろしくです。来月ライブもあるし良かったら是非♪」とか言うと、「チケットはタダですか?」などととんでもないことを言う。「てめえセクハラするぞごら」と内心思ったが、それには答えず素敵な営業スマイルを返し、話題を強制終了させた。

前回書いたこととも通じる話だけど、困った大人の「オレオレ」アピールってのは、本当に痛い。それは、全てのことが本人の中で未消化だから痛く感じるのだ。オレは好きだったアーティストをとことんしゃぶり尽くし、次々に卒業した。その延長上にあった仕事でも、出来ないことは徹底的に自己究明し研究し、全てひとりで可能、という段階に至るまでやり続けた。どんなことでも、「途中で終わらす」ということは決してしなかった。全て最後までやった。
ちょっと前までは自分も「オレオレ」という部分がある痛い大人だったが、少なくとも本業に関しては、今のオレはそんなことはないと思っている。

自分が必死で頑張って通り過ぎて来た世界に、大の大人のオマエラが未だ留まり続け、つまらない「オレオレ」をアピールする。昔の自分を見るようで本当に辛い。そしてウザイ。半端なヤツがいちばん酷い。

ってことで、これは次の話題への壮大なネタフリである。

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2007年12月25日

カバーの封印からアーティスト化が始まる。

個人的意見と一応断っておくが。

オレはビートルズやらビーチボーイズやら、所謂おっさんホイホイ的ジャンルの音楽を弾いて歌えるので、どこでも本当に重宝される。珍しい曲もたくさんやるので本当に喜ばれる*1
いつしかそれが重荷でたまらなくなった。オレが歌うと「いいねー」と目を細めビールを口に運ぶ。そうか。そんなにキモチイイか。よかったな。とか、まあ良いことをしたな的な気分にならないことはないが、それも含めてどうもつらい。なんでオレはこんな気分にならなきゃいけないんだ?とね。


オレにとって音楽は人助けではない。ただの自己証明だ。それに共感するヤツが勝手に投影させて聴いてくれれば良い。しかしカバーの場合はそうではない。聴いたやつの自己証明の道具だ。別にオレじゃなくとも、同じ曲をやる別なヤツでもいいわけだよ。それなのにこっちは無理矢理過去モードに引き戻され、自分が聴いてた当時の状況に陥らせられる。

自分はマニアック街道まっしぐらな人間だが、同じ場所にいつまでも留まってることが嫌いで、ひとつのアーティストをとことんしゃぶりつくすと次に進んでしまう。つまり例に出したビートルズにせよ何にせよ、恐ろしくマニアックなことを今でも知っているが、しかし通り過ぎたことである。とっくに卒業してるのだ。卒業ってことはちゃんと身に付いたから卒業できるのであり、いつまでもそこに留まるってことは身に付いてないってことである。別にビートルズに限らずオレは多数のアーティストをしゃぶり尽くし卒業した。そうして今の立場がある。もちろんたまには戻ってみると新しい発見もあるが、大概はノスタルジーにすぎない。
オリジナリティというものは全てが身に付いた段階で生まれるもので、身に付かない状態で真似をしても付け焼刃であるし、それはただのパクリである。今はリスペクトと言う便利な言葉があるが、あえてパクリとリスペクトの違いを述べるなら、それは付け焼刃かそうでないか、じゃないかな。

馴染みがいいから、っつってライブでカバー曲歌ってる人がいたら、それを今敢えて排除することを提案したい。カバー歌ってる限りは、そいつの歴史を越えられないからね。

いかがでしょう?

実にスッキリすると思うよ。

*1:というか有名無名に限らず自分が気に入った曲しかやらないのでそうなる

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2007年12月17日

神聖なる自分の領域

両親やクラスメイト、教師から疎んじられ、どこにも居場所が無かった10代の頃。周りの全てを「薄汚いインチキな世界」と信じ、必死に自分だけの世界をつくり、そこに逃げ込むことでなんとか自分を保って生き抜いた。それは主に音楽であったが、それだけではない。いろんな本、アイドルの写真、自分で描いたヘタクソなマンガ、自己満足な評論もどきの自筆散文、好きな子にもらったメモ書き…。

オレはそれらを「神聖にて侵すべからず」と考え、他のどうでもいいモノたちとは決して混ぜたりしなかった。親に貰った本とかを横に並べることすら汚らわしいと感じ、それを触れた同じ手で触れることも避けた。インド人ではないが、自分のものと、他の人の物は、触れる手の左右を完全に使い分けた。

自分自身の脳内でも、それらははっきりと隔離して考えた。たとえば親や教師のことを思い浮かべ、その後「好きな子」のことを思い浮かべようとする時、その間に必ず例えば「好きな曲」などのことを想像するようにし、そういうことを間に挟むことで、直接繋がることを極力回避した。一瞬でも混ざり合えば、ものすごく汚れるような気がした。

そういう思考は社会人になってからも続き、たとえばバイトのシフト表などと、音楽の歌詞カードなどとは決して一緒にしなかったし、バッグやかばんの中でも、しっかり収納場所を分けた。仕事で使うペンと音楽に関してのメモを書くペンは分けていたし、人格や言葉使いも意図的に変えた。職場で同僚が使った書類やらを触ったその手で、大切なCDを触るとかもやらなかった。両者を混ぜることは決してしてはいけないことだ、と。徹底していたのだ。

Winnyなどで企業データやら不倫写真やらが流出した時に思ったのは「仕事で使うデータと自分の彼女とのデート写真を一緒にしてることが、まず自分的にありえない!」だった。なんで一緒くたにしてるのか??パソコン本体がわけられなきゃ、ドライブでもいい。同じ領域に置いていることがまず考えられない。

そして「この人たちはまったく違う人種なんだ」と理解した。

最近どこかで、日本人の近代の道徳心は国の替わりに企業が教えていた、という話を読んだ。確かにその通りだなと思わせる説得力があってなるほどと思ったものの、もしこれらが本当だったらオレは生きてはいけなかったな、とも思った。公私の隔てがほとんどなく、何から何まで企業に面倒見てもらう。素晴らしい安定生活だが「神聖なる自分の領域」を守るのは非常に難しいだろう。

炭鉱みたいな鉱物掘る街や、造船みたいな財閥城下町みたいなところでは、そういう傾向があったんじゃないかと思う。某車メーカーの勉強会みたいのもそうだけど、「滅私」という世界で自分が生き抜ける自信はない。

以前書いたようにうちは公務員一家だったが、福利厚生は充実してたものの別に仕事べったり染められてたわけではない記憶がある。少なくとも雇い主を神扱いなどすることとは無縁だった。そこらへんに自分が逃げ延びられた理由があった気がする。

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2007年12月15日

音楽にも読解力

たまたま昨日、某所でこういう議論をしてたところに今朝になってこれ。ちょっとびっくり。

リアルとかリアリティとか - 玄倉川の岸辺

ここでも過去ログでも散々書いてたけれど、何かの情報は誰かの口を通して聞いたという時点でオリジナルではありえなくて、だからこそ「元はどれだ?」と探し続けるのである。


そしてそれは音楽も一緒である。何らかの曲を書く場合、その進行やらメロディは、もちろん作家である自分が構築するのだけど、「こう行くべきである」という、それこそ「空気」というものがあって、その音楽の空気に沿って構築されるのがいちばんキモチイイのである(それをあえて裏切る展開もまたキモチイイのである)。

ほとんどのコード進行とメロディと歌詞が出尽くした今。純然たるオリジナルなどありえない。ほとんどの今の音楽はその構築美とか並べ替えの技を競っているものだと思う。

そんな既製のコピーばかりの音楽など意味があるのか?と言われるだろう。

オレにとっては意味はある。

作家がどのような音楽環境に育ち、今どのような気持ちで音楽を発してるのか。作家が構築したその音楽を聴くことにより、それがリスナーに伝わる。メロや歌詞の中に「ニヤリ」とする部分を発見し、ははーなるほど、と思う。もっと判りやすく言うと「こいつ、あれのファンだな?」と判ってしまうことが楽しいのである。

音楽にとっては、シンガーやプレイヤーはメディアである、と何度も書いた。作家の構築したメロを他人が歌う、というその時点でシンガーの主観や癖が含まれることになり、既にオリジナルではなくなる。プレイやアレンジにも解釈が加えられる。そうすると、作家の意図したままのオリジナルで公開されるということは不可能になるのだ。それはしょうがないことなのであるが、だからこそ「より優れた再生力を持つメディア」であるシンガーやプレイヤーを探すわけだよね。その音楽にとってその表現は明らかに不要、と思われるような蛇足的表現を加えるシンガー、プレイヤーは音楽にとっては邪魔なだけである。

これは実は作家でも一緒で、何かの曲が生まれる場合、その根底には必ず何らかの「デジャヴュ」があるのである。音楽は全て既存の音列の組み合わせで出来ている。作家の脳内で舞っている、それらの音列を、その時の気持ちで掴んでゆく。ポンと掴み卓上に置き、またポンと掴み、卓上へ。数が揃ったらパズルのように並べ替えて磨き上げる。その際にだ。そもそも今回脳内に沸いた音列はどうなりたかったのか。「きみ等はどうなりたかったんだ?」と厳しく自問自答するのだ。そうしてあるべき姿を再構築してゆく。「あるべき姿」ってのはね、どこかに必ずあるんだよ。自分の脳内かどこかの本の中か、或いは街の商店街の通りにか。そうして本来の姿に戻してあげる。それが作家の役割だと思う。

何かの表現には何らかのデジャヴュが必ずある。だからこそ共感や反感があるのだ。全ての場合において、オレが聴きたいのは、見たいのは、読みたいのは、そのデジャヴュの裏に隠された「本当に言いたいこと」である。それそのものは創作だろうがネタだろうが一向にかまわないのである。言葉の裏、言い回しの尻…。眼に見える情報の全てから、五感を最大限駆使し、オリジナルの書き手が脳内で描いていたオリジナルのしっぽを掴む。その表現されたものに準えて書き手が本当に言いたかったことを探すのだ。

だから、それが何も感じられないものに対しては激しく嫌悪感を抱く。たとえば文章を書くための文章とか。てめえ指の運動でドーパミン分泌させてんじゃねえよ、みたいな文章。

オレの15年前のアイディアメモノートにこんな言葉があった。「あなたとわたしの脳が直結してたら」表現で悩むことはないのに。

永遠のテーマだな。

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2007年12月13日

CDなんか誰が買うんだ?

僕はブログを書いていて、そこで著作権やら違法ダウンロードやらロングテールやらのことを議論したりしてます。 そこでいろんな人々と議論するにつけ、CDなんか今どき誰が買うんだ??という気持ちが大きくなります。

僕は元々レコーディングオタクで、理由のないライブはやらない主義でした。これは僕だけの意見ではなくて、周りもそういう意見だったと思います。さして理由もないのに、だらだらライブを続けることに意味を感じません。7年前、ソロになって初の週一ライブを始めたのは、CD「マルコポール」の販促でした。そういう大義名分があったからやっていたのです。

自分はライブをやりませんでしたが、私の好きなアーティスト「ポールマッカートニー」や「Led Zeppelin」「ビーチボーイズ」はライブの帝王でした。ライブを始めるに当たっては、それくらいのレベルでなくては意味がない、と常々思っていて、ですので、7年前の週一ライブのためには1年間かけてミッチリ練習をしたのです。

お陰さまで7年前の週一ライブはいろんな成果があって、本当に得るものも大きかった。お客さん一人一人に本当に感謝した。そうしてライブデイズは終わりました。

その後、ニューアルバムの製作開始。これにはまた紆余曲折あったのですが、今回は端折ります。

去年、長崎に移住して来た時から、月一のライブが強制になりました。6年もライブをやっていなかったのに、いきなり月一がノルマになってしまったのです。「大丈夫大丈夫」と言われ、おぼつかないながらもなんとか始めたわけですが、皆さん喜んでくれて、喜んでもらえるのならなんとなく続けてもいいかな、と思ってしまった。やりながらまた進んでいけば良いのだから。と。

そんなこんなで、なんとか形になって行き、今年の4月の両親の前でのライブで到達点に達しました。あれは本当に楽しかった。会場は大爆笑だったし、自分も最高の演奏をしたという自覚がありました。そしてそこがひとつの曲がり角だったのです。

半年後、プレスナインのゲストでライブが復活しました。また「意味のない復活をするのか」と思った。しかし仕事だから請けなければならない。「意味を見つければ良いのだ」そう気付いた私は、かねてから共演したいと思っていた「マッキー」に声をかけたわけです。あのライブの意味は「マッキーと初共演する」です。

そのまま、またズルズルとライブ再開しそうになっていたとき、ある場所のライブである方と共演します。いや、正確に言うと僕は前座だったのですが。

そこでどう思ったのかは、まあここでは言いませんが、ともかく「なんであんなコムスメにオレがやられなきゃならんのだ?」と無性に腹が立ったのでした。

その日以来僕はずーーっと怒っていた。何に腹が立つのかわからない。しかしムカつくわけです。不甲斐ない自分にか?この置かれてる環境にか?優柔不断なすべてにか?

そうして振り返ったとき、7年前の自分に較べると今の自分は明らかにスペックが劣っている、という現実に気付いたのでした。

そのライブの1週間後、ついにアルバム用全曲のミックスが終了しました。もうこれで考えずに済むわけです。少なくとも「音に関しての作業」は終わったのだから。そして自由。

さて、CDなんか誰が買うんだ?という疑問。

誰も買いません。今はCDは売れないのです。
しかし、唯一無二で圧倒的パフォーマンスを魅せることが出来れば、その記念物としてライブ会場で売れる可能性があります。なんでもコピーで入手できるこのご時世。世の中にたった一つしか存在しないものにならお金を払う人が居ます。逆に言うと、そのレベルでないものに人はお金を払いません。

おそらく今のままの自分もそうでしょう。せっかく新譜が出来たところで水をさすようですが、僕のCDなど誰も買いません。一応言っておきますが「名盤」ですよこれは。でも買いませんね。これを読んでる貴女も貴方も。買いませんね。買わないでしょ?

それは僕にそれだけの価値がないからです。自分がその域に達した時、アルバムをリリースする意味を見つけるでしょう。もしその日が永遠に来なければ。その後はもう2度と人前で歌うことなどないだろう、と。そう思っています。

そんな覚悟で修行中。

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2007年12月 9日

まっこまこにしてあげる〜

私の製作した曲たちを一気に聴いてもらう日記。

ピロリーナさん。
http://www.myspace.com/hirolina
(作詞ピロリーナ)

元キャロラインセット・ヴォーカル、カナ。
http://www.myspace.com/nerukokana
(作詞作曲かな、ギター鳥八氏)

DJ西尾。
http://www.myspace.com/nishiomitsuo

みなさまも無事まっこまこにされてください。

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2007年12月 5日

研究者の探究本能を止めるのは難しい。

今から10年ほど前だが、とある有名薬品メーカに研究者として勤める友人と興味深い話をした。

様々な研究をしていると、探求をどこで止めるべきか、判断が難しいことがある、と。それが他愛もない実験ならいいが、なにかの使命を帯びた研究だった場合、例えば簡単に言えば爆弾とか科学兵器の研究だった場合、どうしてもその先の完成まで、そのまま追求してしまいたくなる気持ちが、自分は理解できてしまうのだ、と。時間と経済的に許されるならば、自分もやってしまう可能性はある、それが怖い、と彼は話していた。そう。ちょうど世間的に某教団の話題で賑やかだった頃だ。

彼は続けてこう言った。「例えば貴方が曲作りをしていて、もっともっと美しい音楽にしたいと思った場合、これ以上追求することを辞められる?完成度の高さを求めて続けるでしょ?僕らは理論上もっと優れたものを産むことが可能である、と判っていながら、これ以上は危険であると判断したら辞めなければならない。そんな毎日が辛くなることもある」と。

彼は寸止めの毎日を送っていたわけだ。これは何も研究だけではないだろう。戦闘の実践とかもそうだろうし、何らかの危機管理のシステムなんかもそうではないだろうか。
そう考えると、個人レベルでのアートなんかは、自分の気が済むまでいくらでも探求できるわけだよな。


コメント欄が大変な盛り上がりを見せたこのエントリ。

ネットはクリエイターの敵か - 池田信夫 blog

ここのコメント欄で福田氏が述べていることは個人的には非常によく理解できる。話の様子では素晴らしいプロフェッショナルシステムで仕事されているようだし、実に理想的だ。オレだって同じ環境だったとしたら、採算など考えず日々研究に没頭するだろう。どうやったら良い音になるか。世界の果てまでハンダや銅線を求めて捜し歩くかもしれない。しかし今となっては、もはや戦艦大和的なのであって、産業としてそれが求められてるかというと、ちょっと難しいと思う。


引き続き考えて行きたいので次回に続く。

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2007年12月 2日

斎藤ネコさん特集 with ピロリーナ

本日のラジオは、ゲストにピロリーナさんを迎え、
斎藤ネコさん&ネコカルテット特集を送りします

ヴァイオリニストであり、作曲編曲家であられる斎藤ネコさん。

椎名林檎さんの復活ライブ「賣笑エクスタシー」でのエキサイティングなプレイとダンディぶりに魅せられ、そのネコさんのファンになったというピロリーナさん。

不思議な縁から、実際にお目にかかったお話や、面白いエピソードなど楽しく語ります。

また斎藤ネコカルテットのライブについてなども。なかなか曲を演奏してくれなかったり(笑)、その場その場の雰囲気で自在に変化するスタイルなど、その魅力もたっぷりと。また「平成風俗」のクレジットが椎名林檎さんとの共同名義になり、一気に名が知られ、その直後のネコカルライブは大騒動(?)だったことなども。

僕自身も3度ほど、ネコカルライブ拝見いたしましたが、毎回毎回意表をつく展開で楽しみいっぱいです。クラシック楽器でありながらも、そのアプローチはロックであり、個人的にはいつもクリムゾンのような感覚で楽しんでいます。全員超大御所でありながらも、その気さくなスタイルがまた意外で楽しめます。

その一方、作編曲では美しい音を構築する方でもあり。アルバム「クロックインザウォーター」より、そんな1曲「恋するクジラ」をオンエアします。

前半の特集、ピロリーナさんは、僕とのコラボ曲「ひろ 3/4」などを。コラボに至ったきっかけや、CMタイアップのお話。またご自身のくじら肉販売サイト「くじら日和」のお話なども。製作中の新曲(御本人によるピアノ演奏)を聴きながら、いろいろ語ります。

楽しい30分です。

エフエム長崎、本日深夜0:30よりオンエア。長崎県の方は是非是非お聴きください。

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2007年12月 1日

BABY BABY ツアー

予告どおり、3曲希少メニュー復活させました。

今回は、BABY BABY発売記念と言うことで、
収録曲の「春コート」と「ひろ3/4」をやったわけですが
この2曲自分で歌いながら
「あ、これ今すっごく名演な気がする」という感触が…。
自分でびっくりしたもん。

この2曲をやるときは毎回、
「これは女性用に書いたので自分が歌うのは無理があるのですが」
と前置きして歌い始めるのですよ。
それが、まるで自分自身のバージョンのようにスルスル歌ったわけです。
終わったあと、店長にも「あれはよかったっすね」と言われたので
まんざらでもなかったように思います。

毎回これだけのクォリティを提供できれば
自分も何か変わってゆくかもしれませんよね。

今回は実は、1曲もカバーをやらなかった初ステージでもありました。
結果として、まったく気持ちがブレずにできたので
この点も成功だったと思いました。

新アルバム用のミックスも終わったところで
今後は新曲を増やしたライブになります。

Be-7も恐らく月一の出演になると思います。
皆様これからも何卒よろしくお願いします。

もうひとつ。

カシオの3万円ピアノデビューは先月の「プレスナイン音楽祭」でしたが、
ちゃんとしたライブでの使用は初。
実際はどんな音で鳴ってるのか、実に興味ありありで
この日を楽しみにしていました。
結論から言うと、私もお客さんも、店長も、問題ナッシングと言ってくれたので
よかったです。

12キロをバスで運んだだけの甲斐はあるってことですね。

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