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2007年12月13日

CDなんか誰が買うんだ?

僕はブログを書いていて、そこで著作権やら違法ダウンロードやらロングテールやらのことを議論したりしてます。 そこでいろんな人々と議論するにつけ、CDなんか今どき誰が買うんだ??という気持ちが大きくなります。

僕は元々レコーディングオタクで、理由のないライブはやらない主義でした。これは僕だけの意見ではなくて、周りもそういう意見だったと思います。さして理由もないのに、だらだらライブを続けることに意味を感じません。7年前、ソロになって初の週一ライブを始めたのは、CD「マルコポール」の販促でした。そういう大義名分があったからやっていたのです。

自分はライブをやりませんでしたが、私の好きなアーティスト「ポールマッカートニー」や「Led Zeppelin」「ビーチボーイズ」はライブの帝王でした。ライブを始めるに当たっては、それくらいのレベルでなくては意味がない、と常々思っていて、ですので、7年前の週一ライブのためには1年間かけてミッチリ練習をしたのです。

お陰さまで7年前の週一ライブはいろんな成果があって、本当に得るものも大きかった。お客さん一人一人に本当に感謝した。そうしてライブデイズは終わりました。

その後、ニューアルバムの製作開始。これにはまた紆余曲折あったのですが、今回は端折ります。

去年、長崎に移住して来た時から、月一のライブが強制になりました。6年もライブをやっていなかったのに、いきなり月一がノルマになってしまったのです。「大丈夫大丈夫」と言われ、おぼつかないながらもなんとか始めたわけですが、皆さん喜んでくれて、喜んでもらえるのならなんとなく続けてもいいかな、と思ってしまった。やりながらまた進んでいけば良いのだから。と。

そんなこんなで、なんとか形になって行き、今年の4月の両親の前でのライブで到達点に達しました。あれは本当に楽しかった。会場は大爆笑だったし、自分も最高の演奏をしたという自覚がありました。そしてそこがひとつの曲がり角だったのです。

半年後、プレスナインのゲストでライブが復活しました。また「意味のない復活をするのか」と思った。しかし仕事だから請けなければならない。「意味を見つければ良いのだ」そう気付いた私は、かねてから共演したいと思っていた「マッキー」に声をかけたわけです。あのライブの意味は「マッキーと初共演する」です。

そのまま、またズルズルとライブ再開しそうになっていたとき、ある場所のライブである方と共演します。いや、正確に言うと僕は前座だったのですが。

そこでどう思ったのかは、まあここでは言いませんが、ともかく「なんであんなコムスメにオレがやられなきゃならんのだ?」と無性に腹が立ったのでした。

その日以来僕はずーーっと怒っていた。何に腹が立つのかわからない。しかしムカつくわけです。不甲斐ない自分にか?この置かれてる環境にか?優柔不断なすべてにか?

そうして振り返ったとき、7年前の自分に較べると今の自分は明らかにスペックが劣っている、という現実に気付いたのでした。

そのライブの1週間後、ついにアルバム用全曲のミックスが終了しました。もうこれで考えずに済むわけです。少なくとも「音に関しての作業」は終わったのだから。そして自由。

さて、CDなんか誰が買うんだ?という疑問。

誰も買いません。今はCDは売れないのです。
しかし、唯一無二で圧倒的パフォーマンスを魅せることが出来れば、その記念物としてライブ会場で売れる可能性があります。なんでもコピーで入手できるこのご時世。世の中にたった一つしか存在しないものにならお金を払う人が居ます。逆に言うと、そのレベルでないものに人はお金を払いません。

おそらく今のままの自分もそうでしょう。せっかく新譜が出来たところで水をさすようですが、僕のCDなど誰も買いません。一応言っておきますが「名盤」ですよこれは。でも買いませんね。これを読んでる貴女も貴方も。買いませんね。買わないでしょ?

それは僕にそれだけの価値がないからです。自分がその域に達した時、アルバムをリリースする意味を見つけるでしょう。もしその日が永遠に来なければ。その後はもう2度と人前で歌うことなどないだろう、と。そう思っています。

そんな覚悟で修行中。

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コメント

よっぽどのファンか、義理で買わなければいけない、この人のためにという付き合いがないと、買わないですよね。そのまえにタダでも要らないのか、とも思うことも。わたしも実際、あらゆるアーティストの曲は買わないし。でも彼らは大きな母体があって支えられているけど、私達は小さすぎますよネ。音楽をお金に換金して頂けるって相当高いハードルです。そうすると、わたしは鯨で本業をやって売り上げつくって形にできたほうが皆に何百倍って、いっせに喜ばれるので、そのギャップの中でいろいろ思います。形にする手段、みなに喜ばれる手段を。

投稿: ピロリーナ | 2007年12月14日 09:26

ありがとう。 その母体も今崩れ去ろうとしているのです。でも全て淘汰されたら新しい時代になって良いかもしれないと思っています。 あなたは「自分のために」音楽をやることが出来る方だと思っています。僕は出来ません。そこが大きな違いじゃないかって思うのです(違ったらすいません)。 自分のためにやった事が人に喜ばれ、お金に換金できるって素敵なことじゃないかと思うのです。それが唯一無二である理由だし、コラボしたいと思った理由でもあるのです。そんな方にはそうそう出会えませんね。私はシアワセです。

投稿: kara_ヽ(^o^)丿 | 2007年12月14日 09:38

はじめまして。突然の書き込み、失礼します。 私はCD買います。 理由の一つは、私の今のパソコンの環境がインターネットを通して音楽を買える状況にないからですが、もうひとつは、音楽を大切にしたいと思っているからです。 音楽は目に見える物質ではないので、それを物質としてアピールする術がCDだったりレコード盤だったりするのだと思っています。保存の方法が違うだけでパソコンに取り込むのも同じ、と言えばそれまでですが。 1曲百何十円かで買えるというのは便利だと思いますが、コンセプトに基づいてアルバムは制作されると思うので、聴く順番がめちゃくちゃだったり、1曲だけ取り出してそれだけを聴くと、アーティストがアルバムを通してアピールしたかったものとオーディエンスが受け取るものに、かなりの違いが出てくるのではないでしょうか。その違いもまた新しい何かを生むのかもしれませんが。1曲だけでアピールする場合も勿論あります。メガヒットと呼ばれるものがそうなのでしょう。 アルバムの価値は、収録された順番で聴くということにあると思っています。私の中にはクラシックがベースにあるのでこだわるのかもしれません。クラシック音楽は楽章の順番通りに聴いてこそ価値のあるものだからです。(お気に入りの楽章のみを聴くことも私はよくしますが) 多くの人がCDを買わなくなった理由は、インターネットで買えるから、好きな曲だけ買えるから、モノが増えなくていいから、コピーできるから、などいろいろあると思いますが、結局のところ、ティッシュの使い捨てと同じかと思います。 制作する側に音楽に対する純粋な熱意と優れた才能があって、アルバムとしての価値が高くて、デザイン的にも優れたCDなら、耳と目が肥えた人は買うと思うのですが。 パット・メセニーのCDは、何十年前の物でも、私は買います。彼の音楽の優れたところは、その洗練度や成熟度が時代にではなく彼の才能のみに依存しているからです。だから古いと感じない。一度惚れたアーティストは、私はとことん追い続けます。 だけど使えるお金には限りがあるので、CDショップで何時間も視聴を繰り返してからでないと、私は未知のアーティストのCDは買いません。急がしい人はこんなことしてられないでしょうね。 作る側と聴く側がお互いに成長しないと、いい音楽は残っていきません。 ショップに置いてあるたくさんのCDの中から、キラリと光る一枚を見つけた時の喜びは、大きいものなんですよ。 そんな幸せを感じている人もいるのだということを、制作者は知ってほしいと思います。収益に結びつくかどうかは、別として。

投稿: リトセア | 2007年12月14日 09:45

店の都合で変なブッキングになったことをお詫びします。 僕は、からかわまことの曲が好きです。 好きだから、応援したいと思うし、いろんな人に聴いてほしいと思います。 昨日は早くから待ちくたびれてほろ酔いで寝てるお客さんが一人聴いてましたが、帰るときに、からかわさんへの感想を的確に、好意的に述べて帰られましたよ。 酔っ払いの地獄耳はあなどれません 好きだから一緒にやりたいと思うんだけど、プロの真剣勝負の演奏に、素人の中途半端なバッキングは、いかんなーと恥ずかしく反省してます。 僕もCDは買います。ま、業務用でもありますが、嫌いなCDはおいてません。 ツェッペリンの1st〜4thは部屋、車、店と置いてるし、何度も買い換えてます。 名盤にコンセプトがあったり、流れに必然を感じるときは当然通しで聴きます。 アビーロードのB面は必ず通しです。 大好きなアルバムの中にも、飛びぬけてお気に入りの曲があって何度もリピートしたり、飛ばして聴いたりもします。 ライブ会場で帰りに買ったことも何度もあります。 PCもいまいち得意じゃないので、ダウンロードで買ったことはありません。 買い方はまだ、いろいろじゃないかな。

投稿: ヤンカー | 2007年12月14日 14:30

>あなたは「自分のために」音楽をやることが出来る方だと思っています 仕事も音楽も全部自分のために!だと思いますよ。「何のために自分はやってんだ!会社のためにやってんのに!」とか思うと潰れます。何でも自分の糧になるし勉強になります。それでもプロとしてその分野でお金に還元してもらって、感謝してもらえればとっても嬉しいですよね。 自分のためだけど自己満足に終わらず、周りの人たちを喜ばせることができる人がいいな。 わたしはkaraさんとのコラボは仕事だと思ってやっています。 あと思ったんですが、ダウンロードはお試しっぽい聴き方ですよね。CD買うまではしないけど、聴く機会が増える。それで本当に好きなアーティストを探せばいいですし。

投稿: ピロリーナ | 2007年12月14日 15:23

私も作詞作曲をして歌を歌い、音楽制作をし、CDを作り、最近ライブを復活させた修行中の身なので、kara_♪さんのお気持ち、とてもよくわかるような気がします。 ほとんどCD広告宣伝費をかけられない、個人レベルでは、どうしても売るのには苦労しますね。大企業の資本には、とても、たちうちできませんし、メディアに載せるのには、何でも莫大な費用がかかるのが現状です。 必ずしも、いいものが、宣伝費をたくさんかけられる状況というわけでもないし、結局、たくさん宣伝できたものが、たくさん売れる、という図式は、ずっと変わらないように思います。 でも、最初(音楽を作る人)と最後(音楽を聴く人)は、一人一人の人の心ですから、多くのものに負けないで、一人一人に届くまで、結局はがんばるしかないな、と思っています。 また、リスナーとしても、宣伝の洪水に惑わされずに、自分のアンテナを伸ばし、感性を磨いて、いいCDを、いい音楽を見つけて買い続けたい、と思います。人との出会いのように、音楽との出会いも、みんな欲している、と 思います。 あんまりうまく言えないけど、がんばってゆきましょう〜

投稿: みかん♪ | 2007年12月14日 19:13

「試聴」を「視聴」と変換していました。訂正致します。 訂正ついでに、もうひとこと。 人々が見えないもの(音楽とか、人の心とか、絆とか、平和とか…)を軽視するようになったのは、見える『物』を大切にしなくなったことが原因の一つではないかと思っています。大量生産、大量消費、それを可能にする価格破壊、環境破壊…。 『目に見える物』(農作物とか、CDとか、本とか、職人が作った本物の道具とか…)を大切にする心が日本人の中に蘇れば、自然に、目にはみえないけれど中身のあるものは、大切にされる時代がまた来ると信じています。 希望を失わずにプライドを持って活動を続けるアーティストは、たとえ大きな収入に結びつかなくても、リスナーやオーディエンスに、目には見えない素晴らしい贈り物をしていると思っています。 ミュージシャンって、自分にしかできない表現で、人を感動させるために歌ったり演奏したりしている人のことをいうんですよね。 逆に言うと、それができる人は、素晴らしいミュージシャンです。 売れることだけが目的の人は、単なる商品だと、私は思っています。 生意気で、ごめんなさい。

投稿: リトセア | 2007年12月14日 19:46

いろいろありがとうございます。皆様の愛はしっかり受け取りました。 また、CDを買っているぞ!という意思表示、実に心強いです。感謝します。 >ヤンカーさん いえいえ。恐縮します。 まったく僕個人の問題ですのでブッキングは関係ないです。 というよりむしろ感謝したいくらいです。彼女は私を本気にさせました。 自分は「売り物」としていかに未熟であったか痛感しました。 今後は精進します。よければお付き合いください。 前も書きましたが、みなさんがジャズやロックを嬉々として演奏してる姿を見ると、 自分の構成の決まった音楽をやっていただくのが申し訳なく思います。 でも、そう仰っていただけるなら、私も本望ですし、続けたいと思います。 いずれはBe7にでも、バンドで出ましょう! >みかん♪さん ラジオ録音できたらお送りしますね。 まったくそのとおりだと思います。 私の言いたいことをスパッと端的に表現していただいて、 本当にありがとうございます! >ピロリーナさん 僕は「音楽」が導くとおりやっているってことですね。 僕はただのイタコです。 >リトセアさん 今の私の考えは「提供側が聞き手を制限するのはよくない」です。 こうしなければいけない、ああしなければだめ、という暗黙の縛りが 結果的にリスナーの自由を奪ってゆくのです。 私を突き動かすものは「音楽」です。 私はただの代弁者であり、人は「私」を聴いているのではなく、 たまたま私を通して表現された「音楽」を聴いてるに過ぎません。 音楽は音楽としてのみ受け入れられるべきだと思います。 そういう意味では私もメディアの一部に過ぎません。 私は「優れた再現力を持つメディア」になりたいだけなのです。 ただそれだけです。

投稿: kara_ヽ(^o^)丿 | 2007年12月14日 23:09

web上で考えを伝えるのは苦手なので 音楽についての意見は書けません^^; ジャケ写・ロゴデザイン・書体・オビ・・・・・・ 全部揃って一作品なので、CD持つのは好きです。 RECORDING STAFFとかSpecial Thanksとか読むの大好きです。 「ほぉ〜^^、この人って仲間なんだ!」なんて思いながら。 おもしろいですよね^^ DLについても否定はしてません。 ちょっとしたECOマニアなので☆ 「ダウンロード購入することで、CD輸送の燃料と CD制作のためのプラスチックや紙などの資源を削減できる」 という呼びかけ。 欲しいCDは買います。 DLで良いと判断するものはDL購入します。 例えば「このアーティスト嫌いだけどこの1曲だけは好き」 ってのがたまにあるのでそのときはDL。 CDを減らすより先にやらなきゃいけないこと たくさんあるんですけどね☆ まぁ、小さなことからコツコツとの精神で あれ?話が逸れたかな^^;

投稿: ちよみ | 2007年12月15日 00:39

ありがとう。 逸れてないよー。 自分的にエコロジーって重要な要素だったりします。 あと今は、音楽を聴いて純粋に判断する時に、余計な情報を除外したいという気持ちもある。 誰が、とか、どういう背景で、とか関係なく聴きたい感じです。 そういう意味ではジャケも要りません。 確かにジャケとか良いんですけどね。 シェボンゾでもカウンターでよくCDジャケット読んだりしてます。 自分はアナログレコードを大切にしてるし、総合芸術として素晴らしいと思ってる。 部屋に飾ったりしてますよ。 そんな気持ちだったからこそ、創る側に自分がシフトしたとき、 それらがすべて邪魔になり、一旦排除したのです。 ラッピングってありますね。 とても大切だけど、肝心の中身が良くなきゃ魅力半減じゃないですか? 僕の役割はラッピングじゃない、って思ったんですよ。 ラッピングや装飾はちょみさんみたいなプロに任せて僕は僕の道を究める、と。 僕の商品価値が高まった時に、初めて「ラッピングお願いします」って言えるんです。

投稿: kara_ヽ(^o^)丿 | 2007年12月15日 10:54

kara_♪さん、おはようございます。 日記のタイトルを見た時はどんな内容か分かりませんでしたが、 このようにご自分の気持ちを素直に出せるKara_♪さんを素敵に感じました。 私もやってる音楽はどちらかというと構成が決まった音楽ばかりやってるので、一曲一曲に対しての思い入れがあると思います。 私はKara_♪さんの音楽、とても温かくて人柄が表れてる感じで好きです。 一回聴いたら自然と口ずさみたくなるような曲ですよね。 私も仕事としても音楽をやってるけど、今の実情は家業の仕事がほとんどで、毎回歯がゆい思いばかりして演奏が空回りしてる自分が悔しくなります。いっその事辞めてしまおうかなとか、思う事も多々あります。 私は個人的にはKara_♪さんの生の声が好きなんですよね。 それが聴けなくなるかと思ったら寂しい気もします。 もしかしてボンゾで歌われてなかったら、おそらく私はKara_♪さんの存在は知らなかったかもです。 そう考えるとそのような出会いに感謝したいです。 Kara_♪さんのいろんな思いが詰まったCD、是非買いたいです。 また生のKara_♪さんの声が聴けるのを楽しみにしてます

投稿: Lily | 2007年12月15日 10:56

>Lilyさん ありがとうございます。 僕のミクシ参加は結構初期だったと思います。 当初はメンバーも少なかったのでこういうこといろいろ書いてたのです。 でも規模がどんどん大きくなり、今ではすっかりかけなくなってしまいました。 自分の音楽と、本当の自分自身の姿のギャップと言うか、 それが他人に知られるのが怖かったりしますよ。 こういうことを書いて、次回から僕の音楽は聴かれなくなってしまう、とか思います。 Lilyさんのように、素直に出せるのが良い、と言ってくださる奇特な方は少ないと思います。 また、温かい人柄が、などと言ってくださいますが、実際の僕はそんなことはないです。 ただ、曲のイメージから僕はなめられることも多いので、 勤めて強弁に、冷徹に振舞っているだけなのかもしれないですが。 そんなことから、僕そのものより「音楽」に注視して欲しい願望があるのかもしれません。 音楽というのは生まれてくる以上は最良の状態で受け取って欲しいと思うから、 構成もレコーディングも、これ以上ないというほど突き詰めて 最終決定出すわけですよね。 それなのに、軽い気持ちでやった生唄のほうが伝わる、というのが、 自分としてはどうしても納得行かないんです。 そのギャップを埋めるためには、レコーディングと生唄と、 両者のクォリティを同じにするしかない。 それがいろいろ悩んで考えた末の結論でした。 クラシックも構成がカッチリ固まった曲で大変だと思います。 あと、Lilyさんがライブで演奏されてた曲もそうですね。 でもそれらは、作家さんが考え抜いた末の最終決定じゃないですか。 そう思うと、やっぱりその作家さんの思いを伝えるために 演奏者としての自分もしっかり再現してあげたい!って思うんですよ。 でもそれはミスがなく完璧な演奏、と言うことではなくて、 作家さんの言いたかった思いをしっかり掴んで表現したいってことなのです。 思いさえしっかり入っていれば技術の質などそれほど問われない気もします。 僕がジミーペイジから教わったのはそういうことです(笑)。 そしてそれは自分の曲についても同じなんです。 自分の曲を自分で壊さないようにやるしかない。 その段階に至った時、初めてCD買ってください!って堂々と言える気がします。 またお会いしましょうね。 いつか共演できる日が来ることを!

投稿: kara_ヽ(^o^)丿 | 2007年12月16日 10:51

Kara_♪さん、お返事有り難うございました。 私の書き方が少々間違ってるところがありました。 生歌の方が好きと書いてましたが、その意味はやっぱりCDでは味わえない直接空気の振動で伝わってくるというか、そのような意味で生はいいと思います。 私は確かに少々変わっているところがありますが、やはり私から見るKara_♪さんは雲の上というか遠い存在のような感じですけど、素直な気持ちをお聞きすると身近に感じるので、音楽も身近に感じるような気がします。 私がCDを買いたい理由は、歌ものは特に歌詞も見たいし、ライナーノーツとか、作った人がどんな人か、作った思いとかそのような事はネットでダウンロードしたものでは分からないし、あと好きなミュージシャンだとジャケットとかも欲しかったりします。 CDはやはり音源だけではなく、いろんなところにこだわりをもって作ってると思うので、買いますよ。 もちろん私もネットでダウンロードして買ったりもしますが、どうしても気になるミュージシャンはCDを買い直します。 Kara_♪さんのCDはどこで購入出来ますか? せっかくだったら、ライブを聴いて直接買って、サインしてもらえると嬉しいです

投稿: Lily | 2007年12月17日 11:26

>直接空気の振動で伝わってくるというか そうですね。僕もそう思います。 今の僕はきっと、すべての音を分析的に聴いてしまい 楽しむことが難しくなってるのかもしれません。 そんな自分でも、たとえば福岡で偶然聴いたmikaさんのように、 凄いと思える方も居るので、そういう出会いがありえないわけではないですね。 好きなアーティストのCDは良いですよね。 僕も買ってニヤニヤいろいろ眺めるほうですよ。 マイミクさんもそうだし、外でもそうですが、 薄い付き合いの方、昔の知り合い、現在進行の友人とか、 様々な人が混ざっていて、 一体何を話せば良いのか、何を書けば良いのか、 まったく判りません。 好きな事を書けばいいではないか、と思ったときもありましたが それさえももう過去の話です。 結局僕は、場所によって書く内容を変えてしまったのです。 ここ以外にブログを3個書いてるのですよ。 そうでもしないと精神のバランスが取れないんです。 ミクシも何度もやめようと思いましたが、 ここでしか出会えなかった貴重なマイミクさんが数名いらして それができませんでした。 今は完全に、アーティストとしての告知窓口として使っています。 でもLilyさんのように仰っていただけるなら また昔のようにいろいろ書いてみようと少し思いました。 CDは1枚ありますが、いまはその収録曲をライブで1曲もやっていません(笑)。 でもそう言って頂いて嬉しいです。ありがとう また頑張りますね。

投稿: kara_ヽ(^o^)丿 | 2007年12月18日 10:20

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