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2007年9月 4日

テクノでドーパミン

これ読んでたらふと思い出したことがあったので書いておく。

なぜドーパミンが出ない所で仕事を探すんだろ? - アンカテ

オレは元々ドラマーだったのだが、もちろんドラムというパート自体は好きだったのだが、汗かくことが嫌いで、あと楽器がたくさんあって運ぶのが大変なところも嫌いで、そんなオレにとってはTR808を使ったハウスの出現は神のようだったね。

もともとTR808の打ち込みビートにグルーヴがあると思ってたオレは、近田春夫氏のハウス理論に、わが意を得たりと大喜びして乗ったクチ。

そう。グルーヴには人間特有の揺らぎが不可欠、とか言うが、実際はそんなことはない。絶妙なデータの積み重ね次第で、均等リズムでもグルーヴは産むことができる*1

その頃のオレの製作してた音楽は、殆どが自分自身による生楽器演奏の多重録音だったが、時代が進み殆どの演奏を機械に変えられれば、良い時代になるな、と思ってたフシもある。もちろん、それには、そんな緻密な打ち込みに耐えられるだけのスペックが必要だし、サンプル音自体のクォリティも上がってなければ、インチキモンドミュージックみたいなサウンドになってしまうし*2、ということで、それらがクリアされる時代を待っていたわけで、そういう意味では、いよいよ最高の時代到来も近い、と思ってもいる。

均等リズムにもグルーヴがある、って言うのはテクノでも証明できるのではないだろうか。最初に取り上げたessa氏のエントリで奇しくも取り上げられているが、

たぶん、曲を弾いてドーパミンが出るくらいではプロにはなれない、単調なスケール練習をしていてもドーパミンが出るくらいでないとだめなんでしょうね。

これは、ご本人は半分冗談のつもりで書いたのかもしれないが、オレから言わせると事実である。単調な機械ビートに乗せてのスケール練習は、本当にグルーヴがあるし、プレイヤーもリスナーもドーパミンが出る。どんどんキーを変えて進んでいって、ちょっとづつパッドとかオカズなんかを加えていけば、30分後くらいには、フロアもトランス状態になるだろう。

これは実は Robert Fripp氏が The League Of Gentlemen で実践した方法論にも似ている。

これは生演奏だが、これの、ギター以外をすべて打ち込みに変えても、いや、むしろそうしたほうが、より優れたものになる、と個人的に確信する*3

以前ここで書いたが、自分を曝け出し、自由になることを嫌悪していた自分にとって、熱いのにバカっぽくない、というのは人生観を変えるほどの発見だったわけだが、つまり、ハウスやテクノには、明らかに「」という要素が従来の音楽に比べると薄く、バカっぽくない、しかし熱い、という状態が可能となると感じている*4

それを突き詰めていく終着部分に、今後のメディア、ひいては音楽のあり方、というもののなんらかのヒントなりが隠されているような気がしている。

*1:補足すると、楽音である必要すらない。台詞やSE擬音の類でも絶妙な配列であればグルーヴを産む。
*2:マジメにやっても「音質的に」モンドミュージックの域を出ない、という意味。音楽性が、ではない。
*3:この動画の楽曲はロックっぽいリフだが彼らのライブ盤には実際スケール練習としか思えないような曲も収録されている。
*4:これは生身の人間排除という意味合いか。音楽の2次元化なのか。そう捉えると興味深い。

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