想い出のスマハマ=砂に消えた涙
個人的なことですが極めて重要なことを書きます。
今日一日ずっと「砂に消えた涙」を聴いていました。
延々と聴きながら泣いていました。
「外人」がイメージする日本のメロディとは、
どういうものでしょうか。
ヴェンチャーズの「京都慕情」もそうですが、
「外人」のイメージする日本メロディというものは
泣けるメロディですね。
昨日おとといと山口修先生の日本歌謡コンサートを聴き、
自分のアイデンティティを思い出したのです。
4度7度抜き日本メロディが日本固有のものではないこと。
そのメロに美しいコードを付けると素晴らしい曲になること。
50年代〜60年代のアメリカ映画界が
東洋や第3世界のエキゾティック路線を打ち出し
音楽もそういったカラーの曲が多く生み出されたこと。
「外人」の解釈する「東洋」路線が
実は美しい旋律とアレンジの楽曲であったこと。
60年代〜70年代の日本で、
そういった路線の切ない音楽が継承されたこと。
ヴェンチャーズの歌謡曲時代の曲も
そういったカラーで生み出されたこと。
砂に消えた涙もその元祖に近い存在であったこと。
思い出のスマハマはビーチボーイズの曲です。
作曲者がマイク・ラブであったこともあって、
この曲は長年迫害されてきました。
しかし私がこの曲がとても好きなのです。
これはマイク・ラブなりの東洋オマージュなのだと思うのです。
外人のイメージする安易な東洋路線、ということで
片付けてしまうと、本質を見失うと思う。
この曲は、マイクにとっての「ディズニーガール」なのです。