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2007年4月 3日

「音の一字一句」ってなによ?

どういうことか抽象的過ぎて判らない人も居ると思うので、メモ兼ねて自分なりに書いておこうかなと。

たとえば。

ドレミという音の流れがあるとするわな。
ピアノの鍵盤だと隣どうし並んでるだけだから弾くのも簡単だ。

しかしこれが歌だとそうもいかんのだ。
正確に「ドレミー」と歌うことは意外に難しい。

作曲という作業はこの「ドレミー」に和音も付ける訳だね。

いろんな付け方があるけど、ここでは例としてこうやってみる。


ド→C(ドミソ)、レ→G(シレソ)、ミ→Am(ラドミ)


さて。

こうやって譜面なりデモを歌手に渡すと、ときどき、真ん中の「レ」を「ソ(下のソ)」と歌う人が出てくる。「ドレミ」と「ドソ(↓)ミ」じゃオマエ全然違うやないか!と思うかもしれない。しかしこの場合、合っているとも言えなくもないのだ(和音的には外れてない)。どうしてここで歌手はそう歌いたくなるのか。説明を試みてみる。

まずこの「ドレミー」の拍の割り当てだが、「ミー」が一拍目にあると考えてみよう。その前の「ドレ」は前の小節のケツ1拍に入ってる8分音符だと思えばいい。

そんで4拍子。

いちと・にぃと・さんと・しぃと・いちと…と手拍子かなんかでテンポとってみて。

「しぃと」の「と」のところに「ドレ」。次の「いち」に「ミー」だ。

全部あわせて言うと「いちと・にぃと・さんと・しぃドレ」「ミー」。

そんでね。この「ドレ・ミー」に「あしたー」という歌詞を付けてみる。


それで。
最初書いたように「レ」の音程(歌詞は「し」)を「ソ(下)」と歌ってみて。それほど違和感ないでしょ。


これね。歌唱力のない人とか(音痴という意味ではない)、体力のない人によくあるのですね。癖なんだと思う。メロを端折る癖。

つまり順番に「ドレミー」って上がるのがきついわけだ。ホップステップジャンプの要領で、最後の「ミ」に行くため、一旦しゃがんで跳ねるわけだね。それが「レ」の代わりの「ソ(↓)」になる。

人によってはこの「ソ」の部分をはっきり音程を付けない人も居る。渋谷系の人とか。

可愛さ強調とか稚拙感増強とか、まぁそんなギミックだな。それはそれで歌い癖だし個性だし間違えてもいないのよね。

そんで。困るのがそういう微妙な場合の対処なんだ。悪意はないし間違いでもない。気付くリスナーもおそらくほとんど居ない。そして歌手の個性としてじゅうぶん「有り」なフェイクである、と。

しかしだ。

オレは「ドレミー」で「あしたー」で創った、と。しかし歌手が「ドソミー」とか「ド※ミー」とか歌った。そこで「オマエそれメロが違う」と言えるかどうか。微妙。同一性保持されてない!と言えるか。たぶん無理*1

自分の胸に聞いてみる。「オマエこれドレミって創ったろ?でもドソミーとかで許すの?これ」。しかし。アバウトな人にとっては重箱の隅だよなこれ。小うるさい作家という評判が立つかなー?いやしかし妥協は出来んなー。ここで人間性だな。「うん。それでも良いんだけど、ちょっとドレミーってハッキリ歌ったのも聴きたいなー♪お願いしま~す」的媚び媚び

それすら言い出せない状況?

んじゃあ最悪、気持ちよく「ドソミー」と歌わせてやって、あとからプラグインで修正しとくかね。


とまあ。これは極端な例だけどこんなこともあるってことです。

こう考えると音楽ってディスカッションなんだよな。いろんな人が関わって最終声明に至る。めんどくさいし大変だが面白いよな。ってことで。


*1:これは一般的長さの楽曲で。全体に対する比率としては一瞬だから。サウンドロゴみたいなものは、あの短さで完成品だから、この一瞬も見逃せない部分だと思う。

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