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2007年3月27日

誰でも当事者になりうる。つい忘れがちだけど

音楽配信メモ 生方則孝氏の住友生命のサウンドロゴ裁判和解報告記事と著作権保護期間延長問題について

先日のスミセイ関連でこちらの素晴らしい記事を紹介したい。

この記事を読んで思い出したのが電車男である。

皆さんは電車男事件、そして、それに関連した掲示板ログの書籍化問題というのがあったのを覚えているだろうか?

2ちゃんねるの、ある掲示板に書き込まれた多数のログが、投稿者の了解を得ないまま出版社によって書籍化され、それに便乗し他のログも各社による書籍化の動きとなり、住人の一部が激しく抵抗、管理人ひろゆき氏を巻き込む論争となり、結果、書き込み時の投稿確認文言が変更されるという事態になった。

スミセイ問題と同様、こちらのウォッチングも追わなくなってしまったのだが、電車男に関しては結局「壮大なネタだったよん」というオチが付いて有耶無耶になってしまった記憶がある(合ってる?)。

先日の「おふくろさん問題」やら「同一性保持」の件やら、一般の人には「ハァ?好きにやってろアホ」という感じだろうと思うけど、これは決して特殊な話ではない。

津田大介氏の言葉を借りるなら 一部の『芸術村』のルールをテーマにした特殊な話 ではないということだ。

掲示板ログの書籍化問題過去ログを読んでいただくと判るが、(一部の人間かもしれないにしても)自分達の書き込みが許可なく勝手に書籍にされることに、かなりの抵抗感を抱いていることが判る。

ご存じのように、日本では何らかの著作物が生まれた瞬間から著作権が発生するということになっている。上記の例は2ちゃんねるという掲示板の特殊な事例ではあるかもしれないが、誰にでも起こりうることなのだ。

著作権というのは「一部の芸術家に与えられる特殊な権利」ではない。

そういうことである。

当事者となったとき、
はじめて「される人」の気持ちが理解できる。

サウンドロゴも、2ちゃんねるの書き込みも、アナタがどこかに書いたネコのイラストも。
気持ちとしては同じなのである。


さて。
あれらの出来事から現在は2年経過している。その間状況は若干変わった。ブログはすっかり市民権を得たし、パクリや勝手に引用などの問題も、お互いの立場を尊重するという考えが浸透しつつあり、そうそう起こらなくなった(よな?)。それでも、たとえば のまネコ騒動 なんてことは突発的に起こり得るのだ。

自分達の生んだものが勝手に使用されて怒る気持ちはよくわかる。

同じように。

勝手に人の著作物を改変したりする行為を正当化していることに不快感を感じる著作者も居ても普通だろ?ってことだ。

オレ個人としては、絶対にやってはいかん!とまでは思ってない。

正当化

「やるのは当たり前」と開き直るのは勘弁してほしい、ということ。


個人的感想だが、ネット上の「文章」に関してはこの2年の間に、若干意識が変化した気がする。名もないネット上の匿名論者も、その内容で存在が評価されるようになったし、かなりの人々が潜在的にでもその存在を意識してると思う。2ちゃんねるを観てる、と言って変人扱いされたのも、ほんの数年前のことだ。こうして何事も常識となってゆく。その黎明期に活躍した無名戦士?の方々をオレは決して忘れん。

そして音楽コンテンツに関しても同じように、今後の常識の浸透を願っている。叩かれても何を言われても屈しないとなることを目指したい。非力ではあるが。

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2007年3月24日

作曲家にとって音の一字一句は命である。

uBuLOG2: 住友生命問題

和解してたのですね。本当に良かった。

当初はウォッチングしていたのだが、ブログを辞めてから経過を追わなくなってしまっていた。しかし、時間はかかるだろうが、必ず認めてもらえるはず、と信じていた。それが当たり前だからだ。でももっと時間かかるだろうと思ってたなあ。すごいですよ。生方則孝氏。

生方氏の書かれたすべての経過を読んでいただけば、作家が音の配列や和声進行、アレンジ等、どれほど命を懸けた仕事をしているのか判る。

自分はポップ・ロック畑だからそれほどは口うるさくないが、それでも、作家にとっての「メディア(つまりプレイヤーや歌手)」による、「フェイクと称する改変」に対する感情は、作家にとって、ごく普通の感覚だと理解している。当たり前のことなのだ。インプロやアレンジと称し、勝手な改変、解釈行為を正当化するな、ということである。

また、そうして生まれた改変著作物が、そのまま、その改変者の力量、及び、音楽に対する姿勢を自ら暴露することとなり、同業者からその是非を問われることになるのだからね。余程の覚悟が必要ということである。



追伸
生方さんもそうだし川内氏もそうだけど、みんなものすごく忙しいはずなんだよ。業界を干される危険性だって高い。それなのにこういうことができる、ってだけで、もう、 なのだよ。自分の小ささを思い知らされるなあ。

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2007年3月23日

色付けなしのメディアこそ理想

先日面白いことがあったので書いておこう。
昨年の暮れにある本が出版された。ある洋楽トップグループのレコーディング秘話について詳細に書かれた本だ。オレも仕事柄この本を読んだ。とてつもなく分厚い本だったが寝食昼夜忘れて没頭し読破した。読後の感慨もひとしおであり、本当に良い時間をありがとう!と感謝して止まなかった。

ところが。偶然ある SNS 内で、この本の翻訳者という人が、この本を読んだと思われる方々に足跡を残し*1、その足跡を辿って来た人々に感想やらお礼を言われてる、という場面を発見したのだ。それを見たオレは、「はたしてこれはどうなんだろう…」と疑問を感じた。「この仕事は私がやったのです。どうですか?」と言って回ってるということなのだ。実際にそう言ってなくても、SNSで足跡を残すということは、「私を見てください」と言っていると同じことだと思うのだが*2

オレはその現場を見た後、その本を以前と同じ感覚で読めなくなってしまった。どうしても、その翻訳者が足跡を付け回り、読者からお礼を言われてる場面を思い出してしまうのだ。
その本がらみではサイン会や、関係者によるトークショーなどもあったと聴く。そういったものは、行くか行かないかは読者が決められる。そんなものいらねえ、と思ったら無視してれば良いし、興味があるなら足を運んでイベントに参加すればよい。

しかしだ。

SNSの足跡はそうはいかない。無差別に付けて回れるし、名前登録も翻訳者名そのままではないから、誰なのか足跡のみでは判明せず、結果、何も判らずに訪問してしまうことになってしまうのだ。その本の著者ならともかく。翻訳者がそうした行動をとることに強く疑問を感じた。本来関係がないはずなのに、彼の行動による余計な色が付加されてしまったのである。

以前も堀江氏がらみで書いたことがあるが、メディアというものは、元ネタを限りなく元に近い状態で伝えるのが使命である、というのがオレの個人的考えである。
記者の個人的感想などどうでも良い。起こったことと詳細を伝えれば、あるいは、記事にすればよく、その判断、是非は、読み取る側の判断に委ねるべき、ということである*3

これは一般的事件事故や、ものごとの批評にも関係するのだが、個人的に一番そうして欲しいと願うのが、やはり音楽ネタなのである。

アーティストの伝記、仕事紹介バイオグラフィの類がよく有るけども、特に昔のロックアーティストものの本やCDライナーなどは、何故か判らないがその著者の個人的感想が多い。その感想が優れてるかそうでないかは関係なく、そういった色付けそのものがいかがなものか?と思っているのだ。

オレの知りたいのはアーティストそのものとその人の作品であって、アナタの文章とか感想ではない、ということだ。

これが無名な人や新聞社の文藝担当記者などの意見であるなら、まぁそれなりに流すこともできるが、著名な方であった場合、「彼が褒めているのだからさぞかし名盤であろう」などということになってしまう。
ま、そういう選択の方法もある。ロキノンで取り上げられてるならばアナタも安心、なんてことは典型な例であろう。これこそ音楽ポータル雑誌、ということになるかもしれない。

また逆もありうる。好きな音楽だったのに、嫌な批評家に褒められてるのを見て、なんだか嫌な気分になることもある。「コイツには好きだと言われたくない」ということだ。嗜好ってのはデリケートなものですからなあ。「アイツが褒めてたから、なんだか嫌になった」ということは往々にしてあるのではないだろうか。

限りなく透明なメディア。誰が言おうとも、その内容のみで判断されるべき。誰が言ったかではない。何を言ったか。

そして音楽も。

主体が演奏者ならば演奏者のプレイの本質に迫るべきと考えるし、著作者が主体であるならば、メディアはそれを忠実に再現するのが使命であると考える。

著作があるものは、改変は極力避ける。それを産んだ作者がどういった和声進行で旋律との関係を構築したかったのか、すべてのメッセージを受け取るためには、邪魔なものは排除するのが理想である。例えそれが不完全でも、その不完全状態が作者の本質であったなら、それもまたその作品からのメッセージなのである。

いかなるものも、それを変える権利などない。

メディアに携わるもの(演奏者含)は、まずそれが基本であり、色付け、改変を行なうのなら、それ相応の、かなりの覚悟が必要である、と認識していただけるととても嬉しい。

お互いを尊重できない仕事など F○CK OFF である。


*1:SNS内の日記やレビュー検索機能で書籍タイトル名を検索し読者を見つけたと思われる。
*2:追記脚注:最近は読み逃げが禁止されてるそうだし、こんな心理も働く→告げグチ機能w。
*3:もう忘れてる人が多いと思うので書いておくが、そもそもこのネタは、ライブドアフジサンケイ事件(笑)で、堀江氏が主張した「メディアは色付けや脚色せずに物事の本質のみを伝えるべき!」という考えが、オレ個人の考え方と非常に似ていたことから始まったものだった。

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2007年3月 4日

どこにも所属できない寂しさ。

いろいろ悩んだのだけどあえてここで書く。


しがらみ。

うざいです。

でもさびしいから離れられないんですよ。

僕の世代は、40代後半から20代前半まで幅広いです。

一番フィットするのは20代後半と30代中盤です。

これは聴いている音楽が近いからです。


でもね。
好き嫌いに関わらず。

僕らの現役世代というのがあった。
同世代の人々と会うと話が弾む。

そうそうあのバンド!
あの曲!って。
あの番組!あの人って。

話はいたって簡単です。

でも僕はそれに危機感を感じた。

楽すぎる…。

その時代ともに生きてゆくのは
楽だし楽しいけど。

何の苦労もいらないではないか。

僕がそれに気付いたのは20年前。
2番目の彼女と別れてからだね。(ナマナマシス)

初めてそこで時代性から解き放たれ
自由になったのだ。

気付くと時代は次の世代になり
その新しさがとっても新鮮だったし
楽しかった。

それ以降はどんどん新しいもの、世代に没頭していった。


僕の好きな音楽はマニアックすぎた。
それなのに、君らの世代は
ソフトロックとか渋谷系とかいってさ
それを普通の感覚にして飲み込んでいった。

オマエラ最高って思った。

オレの曲でお約束の結末ってのがある。

本当は好きだったのに好きだと言えなかった。
みんなが君を悪く言って好きだと言えなかった。

という部分があります。

そう。
オレはね。
人に何か言われると「そうなんだ…」って、
意気消沈してしまうのだ。

あんなのだめだよ。
つまらないよ。
よくないよ。
下手だよ。…。

オレはホントに人の意見に左右された。

僕は相対で生きている。

過去何度も書いた。

僕にとって「絶対」という価値観はないのだ。

すべてが「相対」なの。


だからこそね。
「絶対」で生きてる君らが羨ましかったぜ。べいべー。

マンボウ兄さん。
oRa氏。
Wonder氏。
トモヤ氏。

そんで
hirolina。


オレは相対なんだ。
相対しまくって、自分の位置を決めて。
そうして生きてるの。

オレの中に「絶対」の価値感なんてないのさね。


自分と同世代と話すこと。
それは同窓会さね。
一瞬は楽しいの。
それだけ。

何も生まん。

同世代感を投影してくれるのは嬉しいです。
生きてる70年代の化石と思ってくれるのは良い。

でもね。

おれはアンタ等の代表ではない。
オレはアンタ等の惹き立て役じゃない。
オレはオレとして。
自分の感覚の証明者として存在してるだけ。

つまり。

オレの曲。
オレらの時代の曲。
良いだろ?

いけてるやろ?

そやろ?
もっと創ったるわ。

それでトリップし。

みんなに紹介してる。

ただそれだけなんだよ。


合法ドラッグなのよね。

それが僕のスタンスなのだよ。

きみならわかってくれるはずやろ?


一蘭ラーメン美味かったぜピース

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2007年3月 2日

かわさきFMでオンエア!

明日土曜日。

夜の20時から、かわさきFM79.1MHz、
Live rapport(ライブ ラポール)という番組で
私の曲がオンエアされることになりました!

番組聴けない方も終わったあとは、
ポッドキャストで聴けるそうですよ。
http://podcast.yahoo.co.jp/series?s=a435f743765f2d9c1c91b5b1aa1b50e2

聴ける方!ゼヒぜひ聴いてください♪


川崎から長崎。kwsk と ngsk。

笑。

そりゃ似てるし、私、長崎以前は川崎市民でしたがね。
不思議な縁でございます。

これでいろいろ調べてみたんですが。

川崎市の人口。>134万人。
長崎「県」の人口。>146万人。

すごいよこれ。ほとんど変わらないんだ。
さすが川崎ですね。

ちなみに私の居た新百合ヶ丘周辺。
たぶん、自分が川崎市民だと思ってる住人いないです。
と思います。はい。

そういえば徳島のFMのテーマソングもありました。
そんで山形のテレビ局のテーマソングもですか。
そんで出身は北海道ですか。

全国股旅おとこですね。


ということで。
長崎のほうの私のラジオもよろしくね!
日曜深夜0:30からです。
The Long And Winding Road特集第2回目です。

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To ME

詳細と購入のページへ
http://itunes.apple.com/jp/album/to-me/id263632151
発売日:03.06.21  価格:¥600(税込み)

さてTo MEですが。
感想も詳細も今まで散々語って来たので語ることないです。

アルバム復活に至るまでの詳細解説。
http://homepage.mac.com/marco_/remaster2003.htm

その感想。
http://karakawa.cocolog-nifty.com/egm/2005/06/to_you__to_me__271a.html

しかし付け加えるならば。


★Ever Green MAN
いまだに人気者。もう判ったよ。認めます。はい。
良い曲ですので永遠にやり続けますから許してね笑。

★等身大 Memories
「等身大メモリー」としてりんりんさんのカバーバージョンがあります。今ストリーミングで流しています。近日他所でも公開するかもしれません。


★冷たい夏
★Drive To 1996
このふたつはビーチボーイズに対するオマージュ。元ネタはCool Cool Water と Drive In です。後者エンディングは思いっきり大瀧大先生です。その後者は「ドライブ」として恩田菜穂さんのカバーバージョンがあります。これもストリーミングで放流中。


★少年の10月
これも良い曲です。はい認めます。永遠にやり続けます。



僕の中では「祭りのあと」な雰囲気とシャッフルが多いことから、ビーチボーイズの「ワイルドハニー」みたいな位置づけですねん。つまり今だから良いと思うけど当時は半分どうでもよかった。
このアルバムは家に眠ってたデモを掘り起こしてリリースしたんですよ。だからホンのご挨拶つもりだったのです。ワイルドハニーだし。
それが評判が良いので本人もびっくりしまして、結果的にライブ活動再開に繋がるわけですよね。そして今がある。すごいことだよな。

異次元からやって来たあなたとあなたとあなたと、そしてあなた!(本人なら自分のことだと判るはず)。感謝しまくり。

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2007年3月 1日

to You

詳細と購入のページへ
http://itunes.apple.com/jp/album/to-you-1/id263633714
発売日:96.07.20  価格:¥500(税込み)

ということで次です。

前作「ひつじ Songs(このタイトルはもちろんペットサウンズを意識したのだ)」の予想以上の出来に自分でショックを受けて、特に最後の2曲、「君好き」と「夏休み」の世界から逃れられなくなってしまった。それでも曲は創り続けなくてはならなくて。しょうがないのでその2曲の世界をそのまま継承してアルバム全曲創りました。それが当時の僕にとってはあまりに重く、ということで「to YOU〜!」と聞き手に丸投げしてしまった。その反省があったから次作は「to me」 なんだよな。


★夢見る Blue Moon
極めて判りやすく影響元を提示した曲。出だしのもろビーチボーイズからサビから。展開部のナイアガラも。判りやすく創るとスタッフ受けがいいんだって知った。喜ぶのはお客さんではないんです。スタッフなんです。でもそのスタッフさんが居なければ売り出すことは出来ない。心を掴むなら身内から、です。
ということでめでたく米倉千尋さんのシングルになりました。

前から言ってるのですが、イントロのコーラスがエンディングにない理由。それはマルチレコーダDA88の不具合です。エンディングのコーラス録音途中に止まってしまった。しょうがないのでそこまでのミックスで公開したのです。エンディングで聴こえるウ〜という唄は仮歌なんです。


★The Positive Song
ここで初めて僕は完全無欠のバラードが創れたという気がしました。これの完成は以後の大きな自信になりました。
ピアノはデジピとエレピとプロフィット600をMIDIで繋いで3個同時発信させて録った。打ち込みではないです。一発鳥です。クォンタイズなし。すごい。


★Fly Away
Emuのヴィンテージキーズを買ったらメロトロンのフルートが入ってて、気持ちいいんでづっと鳴らしてたらこのアレンジができた。メロトロンなしでもバッキングはじゅうぶんキモチイイですが。不評な(笑)歌詞は少女マンガの世界を思い出して書いた。
コーラスはポールとリンダのように男女混合のつもりで譜面まで書いたのに実現できなかった。そのリベンジを去年やっと果たしたのです。
http://karakawa.cocolog-nifty.com/egm/2006/12/flyaway__822b.html


★P.S. 渚にて
それぞれの夏休みのあと、曲がまったく書けなくなってしまって。リハビリのために書いた曲ですね。この曲だけでなく、アルバム全体にいえるのだけど、言いたいことを躊躇せず言い切るようになった。だからこそあとから聴くと、こっ恥ずかしいことこの上ないけど、だからこそ唯一無二の世界を構築しているのだと思う。若さとは何にも躊躇しないこと。そんな感じですね。


★悲しみの Monica
これも元のテイクはカッコよかったのにDA88の不具合で、初期バッキングトラックは破損してしまった。もーー!リメイクしたけど二度と同じには弾けなかった。Bassとか。
まあでもじゅうぶんカッコいいです。歌詞は女の人が男に向かって言った言葉。当時よく恋愛相談を受けてて、その女性が言いたい気持ちを代弁してあげたのです。
モニカっていうのはアントニオーニの映画によく出てくるモニカ・ヴィッティのこと。つまりこの曲のテーマは愛の不毛。
ギターソロはフランジャー。Emuのモデュレーションシンセが効果的。好きな曲です。


★日曜日は大キライ!
これはカーディガンズやね。Wonder氏のテレキャス久々登場。ウィリッツァーも活躍。ストレートな曲でこれも人気あったなー。歌えないけど。歌詞は高校時代の思い出、アンド、女の子好きな男子なら誰でもあるある!と思うような経験を歌った唄です。


★Blue Planet In My Heart
みんなに言ってるんだけど、これが出来た当時、僕はこの曲は遺作にするから、とまわりに言ってた。本当に満足した。

実はマルコポールのジャケットはこの曲のイメージで撮ったんだ。つまりこの曲は当初マルコポールに入れるつもりだったって事。そう言われてみればあの写真ってこのイメージじゃないですか?

最近気付いたのだけどこの曲のAメロのコードって、ポルナレフのマリルーを意識したんだと思う。良く聴くと判ります。気付きにくいですけど。名曲。


ボーナストラック
★それぞれの夏休み 〜 海 Version(BFM提供曲)

これはDL販売のみのボーナスです。
徳島のBFMというFMラジオ局があって、昨年そこの釣りの番組のテーマ曲となりました。本来どこにも収録されてなかったんだけど、せっかくなのでこのアルバムのDLオンリーのボーナスにしました。
これをその番組のテーマ曲にしてくれたBFM山口さん。彼の熱意がそれを実現させたのですよ。すごいと思った。創り手として本望。感謝の言葉がないくらい。


ということで、同じ気持ちのまま短く走り抜けたアルバム。海岸沿いにある短いトンネルのようなアルバムですね。今回ボーナスを加えてみると、頭と最後がはからずも同じタイプの曲になって、ほんとに通り抜ける前と後みたいな感じがする。どっちも海なんだけどね。そこに居る自分の気持ちが変わったって感じ。館山とか七里ガ浜を思い出します。そして軍団のビーチ部もね。良い夏でした。ありがとう。っていうアルバム。

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