« ソフトロックの元祖〜ロジャニコ・ラジオ | トップページ | 一生懸命うたうとか play するとか »

2004年10月29日

そこに居ない人


集団の中に於ける孤独というか。僕はここに確かに居るのに、周りの人にとっては居ないも同じ、つまり居ない人にされてしまうってこと。

ちょっと前、電車の中でメイクする女の人が増えたことに関して世の中で話題になったことがあった。いろんな人がこの行動について分析していたようだが、いちばん的確だったのは「彼女らにとっては周りの人は居ないと同じ」ってことだった。知り合いじゃない人は彼女らにとっては居ないと同じなのだ。僕は更にこうも思う。彼女らにとっての恋愛または交友対象外である人も、居ない人に含まれてるな、と。知らない人だけじゃなく、周りをざっと見て、自分に一生関係がなさそうだと思う人に対しても「居ないと同じ人」扱いしているのだ。

これはとっても面白い現象なんだよね。別に女性じゃなくても誰でも、例えばサークル内の新入りとか。場違いに若者の集団に一人だけ混ざってるオヤジとか。いろいろありうるわけ。
僕はいつも曲を作るときに「どうすれば、こういう人たちに"見える人扱い"してもらえるだろうか」と考えてる。

プロフィールの欄から外してしまったが、僕の好きな人で山田ズーニーさんという方がいます。彼女は今の僕にとっては神に近い人なんだよね(どんな人なのかここには書きません。興味があったらググってみて)。
僕は昔から一貫して「Communication Breakdown」ということを歌ってきました。同じ日本語を話しているのに、まったく相手に伝わっていない。その空しさみたいなこと。こないだの新曲kitanomaruもそうですね。あれを恋愛の歌と見てもいいのですが、そうするとちょっと世界が狭くなるのですよ。でも、そう見えてしまうなら、作った僕の力不足ですね。次に頑張ります、としかいえないな。

山田ズーニーさんの書くエッセイには、僕の言いたいことが全て書かれています。まるで彼女と僕が同じ人であるかのようで、本当に驚きますね。そういう人に出会うんだよ、人は。一生にあるかないかだよ普通。

でね。僕は、自分に無関係な人を「そこに居ない人扱い」するほうの人に実は憧れてたのだ。そんなことをできるくらい自分中心に生きられる人。羨ましいです。僕には、そんなことは「故意」にしかできない。だから「自然」にできる人が羨ましかったのだ。
そもそも昔は、それを自然にできる人がこの世に居るとは思ってなかった。それをやってる人は絶対「わざと」だと思っていた。でも違ったのだ。すごいね。天然こそ最強なんだよな。

えーと。何を書いているのか判らなくなった(笑)。本当はこれはブログのほうに書きたかったんだよな。でもとりあえずメモ代わりにここに書いておいた、と。どこまでも大変失礼な私。

|

« ソフトロックの元祖〜ロジャニコ・ラジオ | トップページ | 一生懸命うたうとか play するとか »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: そこに居ない人:

« ソフトロックの元祖〜ロジャニコ・ラジオ | トップページ | 一生懸命うたうとか play するとか »