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2004年10月29日

そこに居ない人


集団の中に於ける孤独というか。僕はここに確かに居るのに、周りの人にとっては居ないも同じ、つまり居ない人にされてしまうってこと。

ちょっと前、電車の中でメイクする女の人が増えたことに関して世の中で話題になったことがあった。いろんな人がこの行動について分析していたようだが、いちばん的確だったのは「彼女らにとっては周りの人は居ないと同じ」ってことだった。知り合いじゃない人は彼女らにとっては居ないと同じなのだ。僕は更にこうも思う。彼女らにとっての恋愛または交友対象外である人も、居ない人に含まれてるな、と。知らない人だけじゃなく、周りをざっと見て、自分に一生関係がなさそうだと思う人に対しても「居ないと同じ人」扱いしているのだ。

これはとっても面白い現象なんだよね。別に女性じゃなくても誰でも、例えばサークル内の新入りとか。場違いに若者の集団に一人だけ混ざってるオヤジとか。いろいろありうるわけ。
僕はいつも曲を作るときに「どうすれば、こういう人たちに"見える人扱い"してもらえるだろうか」と考えてる。

プロフィールの欄から外してしまったが、僕の好きな人で山田ズーニーさんという方がいます。彼女は今の僕にとっては神に近い人なんだよね(どんな人なのかここには書きません。興味があったらググってみて)。
僕は昔から一貫して「Communication Breakdown」ということを歌ってきました。同じ日本語を話しているのに、まったく相手に伝わっていない。その空しさみたいなこと。こないだの新曲kitanomaruもそうですね。あれを恋愛の歌と見てもいいのですが、そうするとちょっと世界が狭くなるのですよ。でも、そう見えてしまうなら、作った僕の力不足ですね。次に頑張ります、としかいえないな。

山田ズーニーさんの書くエッセイには、僕の言いたいことが全て書かれています。まるで彼女と僕が同じ人であるかのようで、本当に驚きますね。そういう人に出会うんだよ、人は。一生にあるかないかだよ普通。

でね。僕は、自分に無関係な人を「そこに居ない人扱い」するほうの人に実は憧れてたのだ。そんなことをできるくらい自分中心に生きられる人。羨ましいです。僕には、そんなことは「故意」にしかできない。だから「自然」にできる人が羨ましかったのだ。
そもそも昔は、それを自然にできる人がこの世に居るとは思ってなかった。それをやってる人は絶対「わざと」だと思っていた。でも違ったのだ。すごいね。天然こそ最強なんだよな。

えーと。何を書いているのか判らなくなった(笑)。本当はこれはブログのほうに書きたかったんだよな。でもとりあえずメモ代わりにここに書いておいた、と。どこまでも大変失礼な私。

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2004年10月28日

ソフトロックの元祖〜ロジャニコ・ラジオ


http://fsbsd.thefsb.org:8050/content/tp-040521-roger-nichols.pls
ロジャーニコルズのラジオを発見しました。
誰が作ったんだろう。レアなバージョンがたくさん。
興味のある方は是非に。

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2004年10月25日

iPod の低音強化作戦

フロスピーカーに入れて聴いてることは書きましたが、
…やはりどうにもしょぼくてね。
遂に禁断のウラワザ(?)ダブルEQに挑戦したのだ。

iPod を iTunesに繋げて同期しているときに、
曲ごとの EQ セッティングも設定することができる。
今まではそれで全体を Bass 帯域ブーストで聴いてたわけだが、
どうも落ち着かない。
それで試しに iPod 本体のEQでも更にBassブーストして聴いてみた。
つまり「二重ブースト」したってわけ。で、どうだったかって?

キターーー!!

でしたよ。わりと(笑

いやー、でもね。サウンドが豊かになるもんだね。
やっぱり低域上げると変わる。音が芳醇になる。
聴いてても疲れなくなるよ。

まーそもそもスピーカーの口径小さすぎるんだけどね。
ヘッドホン以下だもんなあ。しょうがないけどさ。

まあひとまず良かったです。これでゆっくりできそう。

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2004年10月24日

SMiLE といえば

必ず思い出すのは鳥羽氏(カーネーションとか)である。

彼が自分のバンドにドラマーとして僕を誘おうとしてくれた。
その電話をかけてきたときのウチの留守電メッセージ、というか
音楽(言葉なしで音楽しか入れてなかった)が
SMiLEの超有名リフ「Do You Like Worms」だったのである。

その時、僕と鳥羽氏は2~3年ほど音信不通状態で
お互いが何をやっているのかまったく知らなかった。
僕をドラマーに誘うのはいいけど、まったく普通の一般人に
なって引退していたりしたらどうしよう、と
電話するに当たって鳥羽氏は内心危惧していたらしい。
しかし、その留守電のSMiLEを聴いて「あ。大丈夫だ」と(笑)。

その頃一般的には SMiLE はほとんど知られていなかった。
ブートもビニールがたった一枚リリースされてただけ。
その状況での、お互いのアンテナの鋭さに
あとになってから感心したもんだ。

その後、彼とはバンドをふたつばかりやった。
非常に指示の細かい(一応誉め言葉)バンマスだったが
いろいろ勉強になったのは確かだ。
脱退したのはドラマーでプロになる気はなかったから。
そんな気分で参加していても申し訳ない、というのと
あとは曲作りにシフトしたいというのが理由だったかな。
でも、そのまま続けてたら楽しかっただろうね。

鳥羽氏はそれ以外にも、例えば僕のデモテープを聴いて
「もっとビートルズっぽいのかと思った」と言ったり
アルバム「ひつじ Songs」を聴いて
「Pet Soundsの世界だね」と言ったり、
要所要所で実に的を射るような発言をする人だった。
その折々で、僕の方向性を決める際の
きっかけを作ってくれるような役割を果たしていたな、と
今になって思う。
鳥羽氏のような人の客観的意見は参考になるよね。
利害関係もないし、たぶん私情も挟んでないし。
そこがよかったんだろうと思う。

スマイルは、これ以外にも個人的思い出がたくさんあって
僕にとってかなりデカイ存在。
また機会があったら、何か書きましょう。

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2004年10月23日

SMiLE 祭り

smile.jpg
いやぁ久々に興奮した出来事だったね。それにしてもビルボードにチャートインとは。先日のポールのアルバムと言い、ここ最近は、近年まれに見る久々の充実した日々だった。

というわけで遅くなったけど Brian Wilson スマイル登場。で、どうだったかって?率直な感想は「よく創ったねー」。本当に純粋に仕事として感心した。さすがに今まで数え切れないほど各種音源を聞きまくっていた僕であるから、いまさら「感動」というのはなかったよ。でも素晴らしい仕事だと思う。本当に「良くやった」としか言えない。こういうものを聞かされると、頑張ろうという気力が湧いてくるね。

みんなスマイルが難解だとか言うけど、僕は始めて音源を聞いたとき(多分アメリカンバンドのビデオ)から、特に難解だとは感じてなかった。奇妙でおもしろそうだとは感じたけど。そもそも僕等みたいに吹奏楽やオケ経験者は、ヘンテコな音楽の演奏経験がたくさんあるから、これくらいで難解とは感じない免疫みたいなものがあるし、個人的にも映画のサントラのような効果音やらなんやら変幻自在の音楽はそもそも好きなので、逆にとっても興味が湧いた。そういえばZeppelin解散後のジミーペイジのソロ「Death Wish II」サントラも非難ごうごうだったけど、あれも僕は大好きだったなぁ。ちゃんとした音楽になってないと一般には受け入れ難いんだろうけどね。

でも、この奇妙な音楽である「スマイル」をブライアンは何故創ろうとしていたのか。その理由は僕も当初わからなかった。何か理由がなければ、あのような音楽を創ろうとは思わないはずだし、決してドラッグや精神病のせいで妙な音楽を構築していたわけではないだろう、とは感じていた。何かの音楽が生まれるとき、必ずどんなものにも理由がある筈。それはいったいなんだろうか。それが判らなかったのだ。ブライアンを良く思わない人たちやロックアーティストの奇行を面白がる無責任な人たちは「ブライアン逝ってしまった説」を唱えていたようだが、僕はそれを疑っていた。音楽家として覚醒していたブライアン、というほうに賭けていた。

その後いろいろ調べていく段階でヴァン・ダイク・パークスというアーティストを知る。更に「スマイル」のコンセプトは「古き良きアメリカと西部開拓時代へのオマージュ」であるということも知った。それらの発言やヴァンダイクの「ソングサイクル」を聴いた後、改めてスマイル収録予定曲の歌詞を読み直してみると、いろいろ見えてきたものがあった。きっかけは Cabinessence だったね。あの歌詞の内容がなんとなく理解できたことによって、サウンドの意味やジャケット付録の挿絵の意味なども一気に見えてくるようになったのだ。なるほどね…。

それ以降、僕はアメリカの古い文化や映画などを意識して見るようになった。MGMのミュージカル映画とか、アステアものとか、ショーボートとか。凄く楽しめたね。ともかく1930年代~50年代にかけてのアメリカ文化。半端じゃない勢いです。普通の古い娯楽映画の中にも、当時のアメリカ市民の一般的価値観などが表れていて参考になった。あとは意外かも知れないけど東京ディズニーランド(!)。あそこのウエスタンランドが、まさにその世界なのだ。TDLそのものは数回しか行ってないし、全体が好きというわけではないのだが、ウエスタンランドだけはおもしろかったねー。ウエスタンリバー鉄道に乗りながら「英雄と悪漢」や「Do You Like Worms」を口ずさんだり(笑)。ただの変な人ですが。すっかりあの世界にはまっていた。そのように「SMiLE」の世界にだんだん近づいていったのだ。

サージェントペッパーのテーマは「回顧」だって言われてるよね。シングルとして先行リリースされてしまったから未収録となったが、「ペニーレイン」も「ストロベリーフィールズ」も、そもそも過去を振り返る曲だ。タイトル曲の雰囲気も古いショー風な展開だし、古臭いシャッフルの曲も多いし、ミスターカイトのコンセプトも、ジョンの記憶にある古いサーカスのニオイと喧騒だし。ビートルズとブライアン、ほぼ同時期に同じようなテーマでアルバムを製作してたんだよね。ビートルズの場合はコンサートツアーを止めて時間ができたので、過去を振り返る余裕ができてしまったという理由もあるけど、なにか欧米的には全体的にそういう風潮だったのかもしれない。戦後の価値観が崩れるときを迎えたというか。あとは個人的に感じるのは、ポール個人のアメリカに対する憧憬ってこと。これの象徴としてビーチボーイズやブライアンに対する敬愛も含まれただろうし、ちょっと乱暴だけど、結果的にそれはリンダとの出会いに繋がっているような気がする。

話があちこち飛んでしまった。つまり「SMiLE」を読み解く鍵は、まさにヴァンダイクパークスの「お話」だと思う。「SMiLE」が良く判らないという人は、訳詞でも何でも良いから是非読みながら聴いてもらいたいのだ。そうじゃなくても背景にそういう世界がある、と想像を膨らませるだけでもずいぶん違うと思う。
こう考えると「SMiLE」は、ロックの名盤とかそういう範疇じゃないのかもしれない。音楽絵巻なんだよな。ブライアンが今年完成させた「SMiLE」でもそれは十分伝わるが、66年当時膨大な影響力のあったビーチボーイズがこれをリリースできていたら、その説得力は数百倍にもなっていたのじゃないだろうか。でも多分それは彼等の「器」じゃなかったような気もする。だって「SMiLE」リリースによって時の人になったビーチボーイズが、その後ロック界に巻き起こるであろう様々なことに対処できると思う?これは結果論だけど、彼等のキャラから言ってもどう見ても不釣合いだし、そうなって欲しいとも思わない。そもそもメンバーの誰一人納得していないアルバムなんだから。こうして2004年にブライアン・ウィルソン、ソロ名義でのリリースが最も相応しかったのかもしれないな、と。
もちろん当時の6人の声で構成された「SMiLE」も聴いてみたかったけどね。「SMiLE」が本当に見せたかった世界は、今回のものでも十分わかる。むしろ判りやすいかもしれない。これは製作から37年経って届けられた、作者本人による SMiLE 解説本なのだ。

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2004年10月21日

台風23号八王子通過ちゅう


…って、ものすごく静かで不気味なんですが大丈夫なんだろうか。

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2004年10月19日

ストリーミング・ラジオ最強

前にも書いたけど、いくら大量のCDがあろうとも
結局、全部自分が買ったものでしょ。つまらないです。
誰かのセレクトで流れてくる音楽。これが良いわけで。

僕は普段、自分の作風と似てる人やジャンルの音楽を
ほとんど聞かない。それでは世界が広がっていかないからさ。

食べ物でもそうだね。好きなものばかりは食ってないです。
だからこそ、好きなものを食べたときには日記などで
「今日これを食った激ウマ!」とか、わざわざ書くわけで
普段から自分の好きなものばかり食べてたら
食生活としてまったく面白みがないと思うなあ。

前からネットラジオは Mac の iTunes で時々聴いてたけど
激しくはまるようになったのは、やはり
Windows PC最強化のおかげが大きいと思う。
Macでラジオ聴いてると、録音作業が出来ないし
やっぱり Winamp というソフトの「あの感じ」が
いにしえのラジオのようで堪らないんだよね。
WinPC には CDMDラジカセがラインで繋がっていて、
そこそこ良い音で聴けるし、ミックスも参考になりますし。
聴く音楽によって環境を変えるというのは精神衛生上も良い。

作曲家の筒美京平氏は輸入CDショップなどで
いつもランダム大量購入していたらしい。
本当はそれがベストなんだろうけど資金力がないしな。
だからこそ、ナイスな選曲のステーションや
琴線に触れるようなDJさんに会えることが素晴らしいわけで。
(thanks to chiho!)

ラジオ聞きながら実は、たいていギターを練習している。
オレは下手だからアドリブが湧いて出てくるわけではないが
リフやスケールの練習にはなるね。
ハウスとかテクノはテンポがジャストだから最高なのです。
せつな系の循環コードで、楽しく弾きまくる。
そうして脳の創作に関する部位を活性化しているわけだね。

こう考えると、既存のFMステーションとか
まったく役立ってないのな。
インターFMはロックばかりだし。ほかは喋りすぎ。
タイアップのヘビロとか多いし。
この状況は寂しいなー。
どう?

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2004年10月18日

太陽にほえろの音楽~岸部一徳氏最強伝説!

言うまでもなく「井上堯之バンド」の演奏なわけだけども
最近、ドラマーが「原田祐臣」氏であることを知った。

かっこよすぎだよね。
オレのドラマー時代の、あのグルーヴは
原田氏のものを参考にしていた部分が大いにあり。
本当にお世話になりましたよ。
原田氏は、これ以外にも多数の歌謡曲や
日本ロック関連セッションをこなしていたと聞く。
詳細はわからないけど、音だけの印象では
当時の日本のレコードで聞けるドラムは
この原田氏が半分くらい占めてたような気もする。
知らないうちに擦り込まれてたんだろうなあ。


そんなこんなで、いろいろ思いを巡らしていたのだが
その過程で凄いことに気付いてしまったのだ。

井上堯之氏は言うまでもなくスパイダースのギタリストだが
その後スーパーグループPYGを経て、井上堯之バンドを結成した。
ってことは、ひょっとすると Bassって…岸部一徳(修三)氏?

ということで調べてみると。

予想通り、なんと、あのBassは一徳さんと判明!
すっげえー。かっちょええねえ。

あの音楽は Drums もさることながら
Bass も妙に心惹くフレーズでさ。昔から気になっていたんだよ。
ほとんどルートと5度とオクターブなんだけど
そのピッキングのドライブ感がめっちゃカッコ良いんだよね。
あれを聞くと、別に動かなくても
Bassラインてかっこよくなるんだーって思うよね。
それが一徳さんだったとは。

実に素晴らしい。


岸部修三氏は75年まで井上堯之バンドに在籍し
「傷だらけの天使」の音楽にも参加しています(一部を除く)。

ちなみに「太陽にほえろ」の音楽担当に
井上堯之バンドを強く推薦したのは萩原健一氏だということです。
マカロニ、かっこよすぎ。

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2004年10月17日

岸辺のアルバム


先週の台風は結構雨量がすごかったようですね。

ことあるごとに引き合いに出すけど
いったい「岸辺のアルバム」とはなに?
というわけで山田太一さんの有名なドラマですね。
最近も再放送してたようなので見た人も多いのじゃないかな。
ホームドラマみたいな世界なんて本当に「ドラマ」にしかなくて
実際の現実の家族なんてバラバラで崩壊しているんだ、という
当時としては衝撃的なドラマだった。

表面上は何もなかったかのように平然と暮らしている。
その象徴として一家が立てた新築マイホームがあった。
表面上だけキレイで、家族関係そのもの。
それが多摩川堤防決壊で最後に流されてしまう。
その映像は実際の多摩川堤防決壊事件の映像を使いました。

あれって9月1日だったらしい。防災の日じゃん。
奇しくも関東大震災の日と一緒だなんてな。

当日すごい台風で雨量が増えて水位がどんどん上がって
宿河原の堰を爆破しないと決壊する状態になった。
自衛隊(?)が一生懸命爆破しようとしたんだけど
全然爆破できなくて、遂に東京側の堤防が削られ始めて。
どんどん堤防が削られて新築の家が
何軒も次々に多摩川に流されていった。
その映像がテレビで生中継されてたわけ。
ヘリでの空撮だったと思う。
ウルトラセブンとか見てたし特撮に慣れてたのもあって
なんか現実味がなかった。
それくらい「家」自体のつくりが稚拙だったのよ。
流されていく瞬間、家がふにゃふにゃってなるんだ。
「これって模型?」と真面目に思ったね。
自然にとっては人間の作ったものなんて屁みたいなもんだ。

そのリアル映像を使用したドラマ。
まるで自分の家族みたいだった。
当時の自分の家もみんなバラバラで
何のために一緒に居るのかわからなかった。
お互いが憎みあっている、というか
潰しあっているとしか思えなかったね。
家族は仲間なのか?敵なのか?
で表面上の儀式や家族としての体裁を繕うことには
本当に一生懸命だった。
だからこのドラマにすっごく自分自身を
重ねてみていたところがあったのだね。

あとになって、あの家が流された地帯は
多摩川沿いの狛江という場所だと知った。
それでさ、いつか機会があったら
そこに住んでみよう、と長年考えていたのだ。


あのドラマで、個人的にだけど
重要なシークエンスだと思っている部分がある。
そのバラバラ家族が住んでいる新築の家は
本来は彼等が住むはずではなかった。
本当は別な家族が住む計画を立てていたのだ。
その家族の父親は対岸の川崎市のアパートに住み
本当は自分の家になるはずだった狛江側の家を
恨めしく眺めながら自棄酒を飲む日々。

ウルトラセブンのメトロン星人の回にも出てくる。
実相寺監督がそういうの好きなんだよね。
アパートが二つに割れて円盤がでてくるでしょ?
鳥肌が立つほど素晴らしいシーン。
まさにあのアパートなわけさ。

いま自分がやっていることを分析するとするならば
自分の過去に対する検証というかお礼参りなのかな。
そういう気がする。もちろん曲つくりもそう。

そういう意味ではまったく昔と変わってないよね。
我ながら、この「変わって無さ」ぶりは凄いと思うよ。

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2004年10月16日

初めて開放感を味わった

あちこちのサイト関連で既にご存知の方もいると思いますが
ここ2ヶ月くらいずーっとやっていたミックス作業が遂に一段落しました。

これまで曲を作っていたときは、最後の2mixに落とし終わったとき
必ず「やったー」という気分があり、一仕事終えたぞ、という充実感があり
開放感があったものでした。しかし今年になってそれがまったくない。
いくつも仕上げているにもかかわらずです。
その原因は、自分が最終ミックスにまったく満足していない、
ということから来ていたのでした。
確かに船橋時代とは環境は変わりましたよ。
でも今の場所では既に「ToME」のリミックス&リマスター版を仕上げています。
アレには不満はありません。
じゃあなんで今回は何度やっても満足できなかったんだろう。

まず今回からフルでHDDレコーディングですね。
楽器によってはまったくアナログが介在しないものもある。
つまり楽器の音自体の周波数レンジというかダイナミックレンジが
今までのアナログ介在とは比べ物にならないのです。
あとは、今までのモノマルチからステレオマルチに替わった。
つまり各楽器の音をステレオで録音できるようになってしまった。
それでPANの配置とか良く判らなくなってしまった。
楽器同士のバランスとか各楽器の音色とか、どうすれば良いのか
なかなかつかめなかった。
そんなところが原因じゃないかと思います。

あとは常に至近距離で轟音を発しているパワーMacG4のファン!
これがやかましいんだよ!
ちょうど良い感じの低音の周波数域と被ってるんだよね。
で、Bassとかが聴こえにくいわけさ。

そんなこともありーで、なかなかこれだというところにたどり着けず
何ヶ月も悩んでいたものと思われます。

で、なんとか昨日、それが
「これならいいか」といえる部分までできたのですね。

これは以前からそうなんだけど、必ずしも完璧に仕上がったわけではないんだ。
でも、満足できるレベルってのがあるわけ。
満足していないときは「これ、なんか変だね」と言われると超凹むわけだが
満足した場合は「なんか変じゃない?」と言われても「そうね」と言える。
つまり「それは知っているよ、折込済みなんだよ」って感じになるわけです。
余裕ができると言うか。

とうわけで、やっと次へと繋げるラインができたってとこかな。
今あるところでDLサービスしてますけど
近日中にネットラジオのストリーミングでも流しますので
是非聴いてください。
もちろんお知らせはここでね。楽しみにしていてくださいませ。

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2004年10月14日

電車から落ちかける


久々に外でお酒飲んで終電に乗った。
ドアに寄りかかりながらiPod良い気分で聴いてたわけさ。

駅に止まってドアが開いた。
身体をドアから離し、体制を立て直して
ドアが閉まるのを待った。
「ぷしゅぅ〜」といったので、ドアが閉まったと思って
またドアに寄りかかった。
…つもりだったのですが、なんとそこにドアがなかった。

車掌たん!そりゃあないっすよ。
一瞬閉めかけて、また開けるんだもん。
オレの身体はそのままホームに向かって
キレ〜イに倒れていきましたとさ。

目をつぶってiPod聴いてたので
扉がもう一度開いたことにまったく気づかなかった。
「え??」と思って瞬間気づいて
ホームに激突する寸前に体勢立て直せたので
大丈夫だったけど、ホントに一瞬ビビリました。

それよりその後のことですよ。
電車内でみんなの注目の的なわけさ。オレが。
そんな時どうするよ。
しょうがないから「マジかよ」とかぶつぶつ言いながら
また立ち寝してしまったが。
ものすごくかっこ悪かったに違いないな。

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2004年10月11日

狛江市に残る最後の踏切が消滅


遂に廃止されたようです(先週)。

多摩川にかかる鉄橋の真横にあって
なかなかロケーションの良い踏切だったんだけど。
高架複々線工事の一環です。
これから下りの鉄橋架設工事に入る。
ヨコハマの電車道みたいにして
残せば良いのにーとか思ったけど
ここの場合は同じ場所に架け替えるんだから
ちょっと無理だわな。

そういえばこの辺は昔から
様々なドラマやCMの撮影に使われている。
日活とか東宝とか近いからでしょうね。

有名な「岸辺のアルバム」は
ちょっと意味合いが異なりますけど。

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2004年10月 9日

車幅感覚なし


僕の人間としての、です。あちこちぶつかりまくり。
ぶつかるくらいならアザができる程度でいいけど(?)。

2日前PC用に買ったアイリスオーヤマの
メタルラックを組み立ててたら
左手人差し指を死ぬほど挟んでしまって。
すごいチマメになってしまった。

で、昨日。
フロで洗顔してたんですよ。
そしたら洗ってる拍子に左手の小指が、
おもいっきり、もうこれ以上無いというような勢いで
鼻の穴に突き刺さったのよ。
これはキター!って思ったよ。刺さった瞬間。
目を開けてみたら浴室が血の海です。サイコ。
ぞぞ〜〜。

まだ怖くて鼻の中まで覗いてない。
ちょっとヒリヒリするけど血は止まった。

なんかさ。日頃動いてないと
頭で考えたとおりに身体って動かないんだよね。
テレポーテーションじゃないけど
自分はもうそこに行ってるつもりなのに
実際は移動できてないとか(逆)。
その突き刺さった小指も自分では
ちゃんと鼻を避けてたつもりなんだよね。
どっちも左手だから前日に人差し指挟んだ時点で
もう昨日はいつもの左手の感覚ではないわけだから
気をつければよかった。
ボケるってこういうことなのかもしれない。怖い。

人差し指挟んだとき
こりゃマズイ、Bass弾けねえじゃんとか思ったんだけど
上手い具合にチマメ君、弦を押さえる部分を外してくれてて
プレイには大丈夫だった。
おまけに痛くないよう細心の注意を払いつつ弾いてたら
いつもより上手い。日頃からちゃんと弾けよって話かも。
ちなみにギターの場合は2弦同時とか押さえられなかった。

いやぁちょっとヒヤッとしたよね。
ヒヤッとね。


[お知らせ]
ブログ&HPまわりもやっと落ち着き
整理されたってことで、重複記事とか削除しました。
重複でもコメント頂いた記事は残してあります。

今後は mixiと
http://karakawa.cocolog-nifty.com/
で、ちゃんと分離して書くことになります。

今後とも何卒よろしゅうに。

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母なる Paul McCartney

dr.jpg
Driving Rainをやっと購入しました。おっせえよ(笑)。
リリースから3年?なにやってたんだか。
初めて聴く音楽はタイミングとか準備とかあるんで
そういうときがめぐり来るまで待っていたという感じかな。
で、どうだったかって?
素晴らしいに決まってるじゃないか。

アルバムを買ってはいなかったけど、
収録曲のDriving Rainだけは、当時ラジオで
たまたま流れたのを既に聴いていた。
これのリリース前、ポールの周辺ではいろんな不幸がありましたね。
果たして新作アルバムはどうなっているのか。
大丈夫なのか。そもそもちゃんと創れるのか。心配だった。
だが、そのDriving Rain(曲)のオンエアを聞いたとき、
それらの杞憂が全て消えた。
僕としてはWings以来の感動だったね。
その後アルバムがあまり話題にならなかったことを
噂で聞いたが気にならなかった。
Wingsみたいな音楽なんて普通の人に今さら受けるわけないじゃん。
でも、久々に良い曲を作ってくれたからオレはそれでいい。
そう思った。そして3年、と。

僕はポールのほぼ全ての作品を持っている。
本当は「全部」持っていると言いたいけど
また最近レアトラックスが増えてるみたいだし
ちょっとフォローしていないんで、一応へりくだってみた(笑)。

で、80年代以降のポールの特徴というのは
本当に良い曲は、没にするか限定カップリングにして
人目に触れさせず埋もれさせてしまうこと。
これは贔屓目じゃないよ。
80年代以降もシングルのカップリングや
未発表曲で良い曲がたくさんある。
それらを知っている人ならば、このDriving Rainは
すっごく楽しめるのじゃないかなと思ったんだ。
つまり「おーーこれこれ。これがポールなんだよ」と。

ついでに言うと、80年代以降ポールが
正式リリースしたアルバムで僕が好きだったものは、
実はひとつもないです。
曲単体では好きなのたくさんあるけど、
アルバムとしては、どうも何かが足りないのだ。
先日のブライアンの話ではないが
ポールの才能も枯れてしまったか、とマジで思ってた。
ところがね。ここでもアングラ音源登場。
数年前に入手した、とある音源を聴いて180度考えを変えた。

実は、All The Bestの頃(88年)にフィル・ラモーン・プロデュースで
ニューアルバムをレコーディングしていたらしいのだ。ポール氏。
で、入手したのはその音源だった。
そういう音がしてるから、多分正しい情報だと思う。
でね、これが素晴らしかったんだよ。
どういう内容だったか、ちょっとだけヒントを書きましょう。
Once upon a long ago も Beautiful Night も
そのときのアウトテイクだった、っていえば想像付くかな?

で、思ったのは、ポールは
往年のような曲が創れなくなってたのではなく
あえて創らなくなっていたのだということ。
避けていたといっても良い。
それをやっても70年代の繰り返しなだけだ、と
そう思っていたんだろうな、と。
確かにそのフィル・ラモーン・アルバムはよかったのだが
Wings時代やTag of Warの頃とどう違うか?と言われると難しい。
もしアレを出してたら、今頃は
スティーヴィーワンダーの地位だっただろうね。
同じことの繰り返しを嫌う人だし(そういう発言あり)、
もっと違うことをいろいろやってみたかったんじゃないかな。
そんなことを感じた。
そしてできたのが、ご存知 Flowers in the Dirtですね。
キャッチーな曲とか往年の名曲はなかったけど
ピリッと辛口になったよね。
今思うと、あのアルバムの曲から枝葉が分かれて
今のいろんな曲のスタイルに繋がっていると思う。
ポンコツのヴィンテージカーに無理して乗り続けるよりも
新型の軽に乗り換えることを選んだのだ。

そして今回。
まさに新型のハイブリッドの域。

彼のほとんど全ての作風が
身体じゅうに染み付いている僕にとっては、
終始「そうそう!」と激しく同意しっぱなしの快作。
もうね。身体が反応するわけだよ。
つくづく僕の肉体はポールでできてるんだ、と判るわけ。
今までのアルバムと違って、無理をしてる部分がないというか
なんか詰まらないことやってるなあ、と感じる瞬間がほとんどないんだ。
全部「素」で創ると、こういう風になるんだねえ。
バンドもレコーディングも適当でカッコイイ。Bassもデカイ(笑)。
これこそ新「マッカートニー」だよね。
Sirの地位なんてどうでも良い。
携帯カメラで撮った立ちションジャケットが全てを物語ってる。
口だけじゃない。ちゃんと「実のある」パンク老人。

まったく素晴らしいです。

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2004年10月 8日

SMiLE 祭り 記念ストリーミング!


http://radio-superhype.ddo.jp:4710/
上記のListenをクリック。

今日一日中流してます。1967年のオリジナル音源。
元はこんなだったんだーってことで。

一応言っときますが仕事中のBGには恐らく不向きかと。

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2004年10月 7日

SMiLE 祭り


ひやっほ〜ぅ!

オリコンデイリー 18位
米ビルボード 13位
英MUSIC WEEK 7位
http://www2.oricon.co.jp/ranking/daily_album.html
http://www.billboard.com/bb/daily/article_display.jsp?vnu_content_id=1000659967
http://uk.launch.yahoo.com/c/uk/album_charts.html

すげえな。

それにしても全曲作詞、
ヴァンダイクパークスになってるんだけど
新メロの部分も新たに書いたってことか。
当時の歌詞が残ってたってことなのか。

これに関してはまた改めて書こう。

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2004年10月 5日

夕なぎ

今日の夜BSでやります。ロミーシュナイダー。

2月にWOWOW解約してから、すっかり映画も
録画しなくなってしまったんだけど(BSは見れるのに)
たまたま今日やることを知ってしまったので
久々に録っておこかな、と。
実はこれ、前にも一度録った事があるんだ。
内容的に今ひとつだと思ったので(当時)
消してしまったが、音楽だけは良かったので
消す前にコード進行だけコピーしたんだよな。

最近、録り貯めしてた映画をどっさり見て、
なんか気分が映画モードになったのと
ビデオテープが大量に余ってたので、
じゃあ録画しとこっかーと思ったのと、
あとはなんといっても音楽をもう一度聞きたかったから。
それで今回ふたたび録画しようと思ったんだな。

60年代中盤〜70年代前半のサントラは
本当に良いのが多いです。
って僕が改めて言わなくても知ってますよね。
どこが良いかって、あのオーケストレーションと
コード進行だよ。
絶対ほかにないもの。ない。探したもん。
でもなかった。あの味はあの時代だけにしかない。
ホントに独特。当時に戻って
作曲家先生に弟子入りとかできたらな…とか
真面目に思ったもんな。

夕なぎで僕が良いと思った音楽は
映画の中で一瞬しか出てこない。
もし見た人がいたら、それがどれなのか
当ててみるのもいいでしょう。

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