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2004年9月30日

What's New

やっと更新が終わりました。
ホームの Ever Green MAN が復活したので
ここに載せる情報も整理して。

新着情報としては…
現在PCで聴いているCDがリアルタイムで表示されるという
おもしろいスクリプト を発見したので使わせてもらいました。
左側の Recommends というところです。
リアルで聴いていない場合は最後に聴いたものが表示されています。
最近アフィリエイトとかいろいろあるんだけど、なんかあざといというか
意味を感じなかったんで、使用を避けてたわけなんですが
これの場合は実際に聴いているものなので、まさにオススメだから
いいのじゃないか、と。琴線に触れたわけですね。

それから、ネットラジオの放送ができるようになりました。
実は今年のはじめ頃から考えていたんだけど、
なかなか環境が整わず先延ばしてた。今回やっと実現できました。
これでDLしなくとも私の曲が聞けるようになります。
放送予定はここでお知らせしますのでチェキラ!ってことで。
お楽しみにしていてください。


今回いろいろやってみたけど、結局以前のスタイルに戻すことに。
進歩がないという考えもあるけど、一目見て
自分だとわかるカラーっていうのも大事かなと思った。
ただ、同じに戻すためのカスタマイズは大変だったかな。
一度失ったものの姿を蘇らせるのって難しいのだ。

ま、相変わらずだなとか懐かしいなとか
人それぞれ思いつつ、また見に来てください。
僕はいつでも元気です。

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2004年9月23日

ネタ職人

という言葉、好きである。
しかし至上最も優れたネタ(?)である「吉野家」テンプレは
書いた本人がネタのつもりで書いたものでないことを考えると
天然こそ最も優れた職人とも言えるかもしれない。

僕の書く文章はほとんどネタのつもりで書いているのだが、
ほとんどの人に、そう受け取ってもらえない。
ネタはネタっぽく。
笑い話や冗談もそれっぽく語らないと判ってもらえないのだろう。
大瀧氏の至言、
「日本人は、”これは笑う話ですよ”とあらかじめ振らないと笑わない」。
すばらしい。

僕の話のほとんどが半分冗談だ、とは過去ログでも書いた。
過去ログが多すぎて探すのが面倒だからリンク貼らないけど、
そう書いたよ、確かに。
僕の書いた文章の数々を文字ではなく、実際に
面と向かって言った場合は、相手はすぐに冗談だと気づくようだが、
字面だけだと、全部本気に見えるらしい。
幾度と無く相手には「熱くなるなよ」と言わなければならない。
めんどくせえよ。初めから解れよ。と思う。

ちなみに僕の知り合いは、ほとんど読んで笑う。

僕の書く文章が半分くらいは冗談だ、と先に書いたが、
この一連の文章 だけはそうではなかった。
今思うと、それが辛い原因だったような気がする。
何事も必死だと、かえって真意が伝わりにくいのかもしれない。

確かに、何でも隠さず語ることが自分も、そして他の人も
救う「きっかけ」にすることができると思っていた(今も思っている)。
ちょっと傲慢な考え方だろうけど。

前回の記事の中で内田春菊氏を例に出したね。
僕は一時期春菊さんのマンガが大好きで嵌りまくり、
全巻(当時)揃えたほどだった。
どれもヒリヒリと心の傷というか彼女の脳内の葛藤が、
直接僕の心の中に入ってきた。素晴らしい作品だった(と当時思っていた)。
ところがある日気づいてしまったのである。
「こういうものを読んでいてはダメだ」
「こういうものを喜んで読んでいるうちは自分は成長しない」と。
そう気づいた翌日にほぼ全巻、古本屋に売り払ってしまった。
ひとつだけ残したよ。「鬱でも愛して」というやつ。
これは名作だった。今でも好き。でもほかは全部売ってしまった。

昔、某掲示板の春菊さんのスレッドに、
今書いたのと同じようなことを書き込んだことがある。
総攻撃されるかと覚悟していたが、「それ判る気がする」という
意外な同意レスが付いて、なんか驚いた。

僕自身が「こんなの読んでいるうちは自分は成長できない。次に進めない」
と気づいたわけだが、それはこの僕の書く文章にも当てはまるんじゃないか。
あの一連のネットバイオレンスのような体験談を、はまって読んでしまうような人。
喜んで読んでしまうような人。そして必死に書いている自分。
それこそ僕自身の言う
「こんなの読んで喜んでいるうちは成長できない」人ではないか。

そうだな。
この類のものに、はまるな、読むな、とは言わないけど
自分の経験から言ってみると、「絶対卒業しろ!」。
つまり、いつまでも読んでるな。
これだけに飽き足らず似たものを探し続けるな。
さっさと卒業して出て行け。…こういうことだな。

ジョンレノンの言葉で、好きなのがある。
それは「僕等のメッセージは泳ぎ方だ」ってやつ。
これも過去ログに書いたよな。
つまりジョンは、
「俺たちは泳ぎ方の例を示してやった。あとはお前らが自分で泳げ」と。
いつまでも水泳教師に拘ったり、まとわり付いたり崇めたりするなってことだ。
泳げるようになったら水泳教師のことなんか忘れろ、と。
春菊さんのマンガは、僕にとって
この水泳教師のようなものだったんじゃないかな。
作品としていつまでも残り続けるようなものじゃなかった。
成長の過程で卒業できるものだった、と。
これじゃ春菊さんに対してあんまりなんで一応フォローしておく。
彼女の著作を読まなければ判らなかったこと(自分のことも他人のことも)がたくさんある。
その点は感謝してるし、さっきも言ったように「鬱でも愛して」は今でも名作だと思ってる。
ほかの部分は卒業しました。春菊さん、お世話になりました。


というわけで、くれぐれも言っとく。
僕の文章を読んで感心とか真に受けたりとか絶対するな。
笑い飛ばす。それが正しい読み方。


-追記-
今までの分は 別ブログ としてまとめることにしました。
またこちらもよろしくお願いします。

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2004年9月21日

連休かよー


はぁやっと終わった。
何度も言うがね、本当に休日は苦手だ。

おかげでいろんな雑事がはかどった。
結局連休を最大限利用してるオレ。
矛盾してるぞな。

インターネットラジオ、試験放送(放置プレイとも言う)
続けてます。アドレスご存知の方はどうぞ。

さて新曲の歌詞を考えなくては。

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2004年9月18日

音ログ.jp きたー


http://karakawa.cocolog-nifty.com/
左サイドバー。今聞いてる曲がでる。
おもしろいので付けて見たが。どう?



追記。

いろいろウラワザが必要でアマゾンに登録してある情報で
タグ入れなおしたりしてから送信すると出る模様と判明。
ポルナレフとかの場合は日本語で。
日本語かっこ悪いけどしょうがない。

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2004年9月16日

マカロニサラダ


ものすごく好きなんである。
なんともいえない安っぽい感じのマヨネーズ味。

オレはそもそもデュラムセモリナ系が大好きな人間で
スパとかペンネとかともかく食いまくる。

マカロニサラダの印象は、やはり給食とか
スーパーや肉屋の惣菜という感じだろう。
どれも同じかと思いきや、微妙に味付けが違って
これぞ!というのに当たるのは難しい。
オレ自身あまり良い印象はなかったのだが
新桜台駅ソバ(江古田商店街の環七側終点)にある
「りつ」という小料理屋のマカロニサラダに出会って
180度認識が変わった。
これはもうとてつもなく美味かったねー。
ちなみにここの肉じゃがと焼きうどんも超絶品。
一時期は毎日のように飲みに行って
レモンハイ飲みながらそれらを食い尽くしていた。

肉じゃがだけはレギュラーじゃなく
日替わりのひとつだったので、それに上手く当たった日しか
食べられない。まさに宝くじ。
たまたま行った日に肉じゃががあると嬉しくて
一度など、作ってあったナベいっぱいの肉じゃがを
オレ等だけで食い尽くしてしまったこともあるくらい。
店的には迷惑だったか?(笑)

ともかくマカロニサラダだ。
これは常時メニューだったのでともかく毎回食った。
量が少なく、すぐ無くなってしまうのが持ったいなくて
爪楊枝で一本づつ刺して食ってた(爆笑)。
箸で食うと一瞬なんだもん。それは寂しいです。


それからは小料理屋や居酒屋でこれらのメニューを
必ずチェックするようになった。
おなじみ、オレのご贔屓セブソイレブソも
マカロニサラダと焼きうどん(既出)は美味い。
でも肉じゃがは、なかなかいいのがないねー。
ちなみにオレの望む肉じゃがは「豚肉」でありんす。
肉は豚なんだよ。東の人間だからね。オレ。

大阪では「肉」=牛だったな。
普通にみんな「ニクくうで」というと
問答無用で牛なのだ。これはすごかった。
同じ日本なのに、まったく文化とか言葉の感覚が違う。
別な国だよな。
ずっと居ようとは思わなかったが関西生活は楽しかった。

京都も散歩でよく行ってました。
淀屋橋から「お京阪」で四条まで45分。
特急なのに250円。すばらしい。本当によく行った。

西ノ宮から西にはまだ行ったことがない。
九州とか、まだ行くところはいろいろあるなあ。
老後に期待してがんばろう。

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happy birthday to me


だぜ。歳きくな。
20代の人々と混ざって作業してたら
馴染みすぎって笑われたけど。
いつまで evergreen でいられるか。
オレは戦ってやるぜ!

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2004年9月14日

メインを張ることの難しさ

nishi-1
ずいぶん遅くなってしまったが「日テレ海の家」の打ち上げの様子。
ちょうど24時間TVの日でもあったので、サライを流しながら大団円となった。

さて写真で歌っている人物は誰あろう、かの「西尾光夫」氏である。
西尾氏は昨年から引き続き、今回の海の家でも現場責任者だったが、
今年は去年のようなイベントはなかったので、いろいろ溜まってたようで
打ち上げではこのような大爆発となったようです。
かつてのFLAT時代の曲を歌いまくり。
で、そこに僕もいるわけなので当然一緒にハモることになってしまった。
歌詞は殆ど忘れてたけど、自分で録音したものだからね。パートは忘れないさ。
二人のハーモニーは夜の江ノ島海岸に響き渡ったのであった。


僕は長年ドラマー兼コーラスというパートでバンドに参加していて
バンド時代にメインを取ったことは殆どなかった。
必ずメインがいて僕がそれにハモリを付けるという方式。
メインがいるというのは、こちらにとっては非常に楽だと言える。
流れはメインの人が決め、こちらが補強するのだ。
どんなに強力な補強でもメインがいなければ成り立たない。
とてつもなく美味いラーメンに、麺だけ入ってないみたいなもんである。

僕がソロの録音活動を始めて感じたのは
その「麺」になることの難しさ、だった。
メインを張れるというのは、やはり何かしら特異なものを持っていないと
やってる意味がないというか、できないものだろうな、と思う。
バンドを辞めてから2~3年は試行錯誤だった。
そんな中から生まれたのが、珍品集「COLD BUT CUTE」なのだ。
その中の唯一の名作は「高田馬場のテーマ」だけど、
ほかにも産業ロックをやったり、アイドルみたいな曲を作ったり
ジミー頁のマネをしたり、本当にいろいろやった。
自分に何ができるか、試しまくってたという感じだ。
それで次の「ひつじ Songs(1996)」で爆発したんだよね。

この1996年の時点で僕はメイン的存在になれたと思っていた。
その秋、熱海での営業が入って西尾光夫&FLATが臨時再結成した。
そこで久々にドラマー&コーラスとして復活したわけだが
自分のプレイが全然冴えなくてヘロヘロで凹みまくり。
これはテクニックがどう、とかいう問題じゃなかったと思う。
西尾氏の後ろでプレイしながら「俺は何をやってるんだろう」と思ったのだ。
恐ろしく自分が場違いな感じがしたのだ。

終わったあと、バンドと一緒に来ていたナオちゃんという子に
「久しぶりにやってどうでした?」と訊かれた。
「今は自分がメインで歌を歌っているから、誰かのバックで歌うというのが辛かった」
と、僕は素直に答えた。あまりに率直な答えに自分でも驚いた。
思わずすらすらと出てしまったのだ。
それをナオちゃんは、あとから西尾氏に告げたようだ。
そんな状態でバンドを持続するのはどうだろうか、みたいな話だった、と。
あとから西尾氏に直接聞いた。

今思うと僕は、この経験で自分にまだ何か足りない、と
思い知らされたような気がする。
まだ全てを受け入れるだけの準備ができていなかった、と。

そして僕は、自分自身のライブをやろう、と決めたのだった。


それで先月の江ノ島に戻る。
何年かぶりに、西尾氏の歌にハモリをつけて歌った。
「あーこの感覚だ。」と思い出した。
でも熱海のときのような感覚はなかった。
俺という人間が西尾氏という人間と並んでいる感覚。
メインとかサブとか、そういうのではないな、とその時感じた。

そうよ。やっぱりあれよ。
ちゃんと独立して立てないと。人間は。
誰かが道を決めてくれたりとか、そんなことないんだよ。
ってことで、深いなって話。
enoshima.jpg

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2004年9月13日

オレオレ詐欺 リアルドキュメント

素晴らしい記事を発見しました。これこそブログ。
こういうものこそ、もっともっと取り上げるべきだわ。
(ちょっと遅いけど)みなさんも是非とも参考に!

純水さんの Filtration より。
実体験!オレオレ詐欺の手口

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2004年9月12日

林昌範


また勝てんかった。
始めは調子良かったんだが。悲しか。

しかし監督シビアー。林に大しては特に冷徹。
今から厳しくしても、もう遅い気がするのだが。

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2004年9月11日

To ME

To MEサンプルCDRの増産作業で久々に聴くことになったので、
ついでに最近の新曲を続けて聴いてみた。
新曲だけ聴いてると、どうしても分析モードで聴いてしまって
粗ばかりが目立ち、凹みまくりなのだが
続けて聴くと、耳がちゃんとリスニングモードで聴いてくれて
新曲もなかなか楽しんで聴けたので、まぁまぁ安心したところだ。

とはいうものの、まだまだ世界を構築してるって感じではないなあ。
何かが足りない感じがするのである。

HDDレコーディングになってから実際の音が完成するまで
ちょっと時間が掛かりすぎたかも知れない、とか反省することもあるのだが
やっぱりこうしてみると、音作りは難しいのだ。
前のマルチ 8トラック時代の音が凄く馴染んでただけに
今回のなんだか良く判らない違和感は、原因がつかめず気持ち悪い。

それにしても「冷たい夏」の再構築は素晴らしいね。
マルチからMacに移動して、おんなじ音空間を再構築したんだよな。
あれをやらなかったら、HDDレコーディングのこととか
全然判らなかっただろう。やった甲斐があったわ。

僕の作る音空間の印象のほとんどは
実はMP5の音なんじゃないかと思ってる。
あれの空間エフェクト系(ディレイとかリバーブ)の音というか
広がりって独特だから。多分に頼ってた部分は大きいね。

どっちにしろ、Mac内部エフェクトは
CPUパワーが足りないので多用することができない。
だから外部のMP5にセンドしたほうが
スペック的にもやさしいような気はするんだがな。

まぁ、俺的スペクターサウンドはMP5だったということかもしれない。
まんま「ゴールドスタースタジオ」というユーザーセッティングも入ってるし。
関係ないけど「ヘッドリー・グレインジ」というセッティングも作ってあるんだよな。
これは Zeppelin がレコーディングで使った、お城の大広間の音だ。

MP5は電池切れという大事件を過去起こしたことがあって
未来永劫信頼できるって機材でもないんだが、
まー次の電池切れの日が来るまでは、
使ってみても良いかも知れないな。

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2004年9月 9日

LAN

続き。
ウチではMacとWinでのファイル共有ができない。
なぜなら、そういうソフトを入れてないから(笑)。

で、ファイルの移動にはNetPresenzというのを使っていた。
これはMacにFTPでアクセスしてファイルをやり取りできるソフト。
だがこれには弱点もあって、ファイルの大きさや種類、
ファイル名などによっては、移動できないものがあったりするのだ。

Mac→Winの移動の場合に限っていうと
こんな手間をかけなくともWEB共有という機能が使える。
これだと移動不可能なものとかもなく、大丈夫っぽい感じだが
一応移動じゃなくてダウンロードということになるから
ちょっと手間だなと思ったんだが、「まてよ。DLといえば…」
そう。そこのあなた、気づきましたね。
DLといえば Irvineという素晴らしいツールがあったのだ!
これ、共有だけどぉ、一応WEBだしぃ、とか思いつつ(謎
Mac側の絶対パスを次々登録してみると…。

おおぉぉ。見事にパコパコ落ちてくるじゃないすか。
なんだか楽しいぞ。自動だし、こりゃぁ楽だわ。素晴らしい。

というか。

早くMacLANとか買ったらどうか、という話なのだが。

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2004年9月 8日

USB1.1 かよ

Mac vs Win の役割分担で PCのHDD周りをちょいと整理した。
んで、Firewire付きの外付けHDDを Mac側から Winに引越しして USB接続、
ファイル移動に入ったわけだが、途中で、どうも遅いなと気づき
外付けのスペックを調べてみたところ、USBは 1.1のみの対応と判明した。ひえ。
昔はこれが普通だったんだけどねえ。さすがに耐えられなかった。
慣れというのは…(略)

さすがに今どき、24時間もかけて移動する気はないよな。
しょうがないから Firewire に繋ぎ換えて、サクっと移動したけど。

で、今度は Win側で使ってた外付けHDDを Macに持ってったら、なんと。
G4様が USB2.0 未対応ときた!でも、こっちのHDDには Firewire付いてな~い!
しょうがないので自転車並みの激オソ速度で、チマチマ移動してるのだった。

なにやってんだか。

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2004年9月 5日

人のほうが面白い


ここ10年くらいあまりしゃべらなくなった。
もちろん時と場合によるけど。
人が大勢集まる場所とかで一人でしゃべり続けることの
意味のなさに気づいたのだな。

だってさ。俺がしゃべるとその間
誰かがしゃべれないわけじゃん。つまらないよ。
なぜなら人の話のほうが面白いからだ。

ということで、専ら聞き専となってしまった俺であった。

喋らないと、つまらない人だと思われがちなのだが
ちゃんと話すときには話すので、まあいいのではないかと。

最近の俺の傾向としては、だから
黙っているときのほうが機嫌が良いのであって
良く喋ったりオヤジギャグを飛ばしまくってるときこそ
とてつもなく機嫌が悪いときである。
これはぜひ注意してもらいたい点である(笑

それにしても、人の話や行動が
こんなにおもしろかったなんて知らなかったよ。
人の行動を楽しめるようになるなんて
なんか年取ったんだろうか、とも思うけど。
創作に生かしてる部分もあるといえなくもない。
たぶんエネルギーを使う場所が変わってしまったのね。
話しまくったりしなくても済むようになってしまったのだ。

男は黙ってギターを弾く。
かっこええ!弾けねえけど。

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2004年9月 3日

each time

otaki.jpg
注文していた 20周年イーチタイムと、
レココレのEach Timeインタビューが届きました。

A LONG VACATION 以来ですが、これもとてつもなく面白かったですね。
しかし、これってブリティッシュだったのか。激しく初耳だ。

ロンバケが81年でイーチタイムが84年。
丸3年というのは当時の年代では、とっても長い年月だね。
僕が東京に来た年と、活動をやめた年だもん。
どうしても、片方が始まりでもう片方が終わりな感じがするのは、
これは致し方ないのだが、奇しくも
大先生ご本人までそう思っていたとは。これまた奇遇なもんだ。

前にも書いたんだけど、僕の曲は大先生を彷彿とさせるようで、
何かにつけて関連付けて語られました。
僕本人はもちろん好きだけど、それほど意識はしてなかったのですがね。
ある事務所とやり取りしていた 1997年頃、
そこのNさん(今 aikoさんのマネージャーをしている)に
「テープを大瀧さんに持ち込んでみようと思います」
と言われたことがありました。
僕は焦って
「いやー。大瀧さんがこれ聞いたら怒りますよ(謎)」と言って断ったんだけど
「大滝さんの刺激になればいい結果になるかもしれない」
とか言われて結局OKしました。
でも当時の大瀧さんは、持ち込みのテープの類を
一切聴いていなかったということで、
僕の作品も大先生の耳に届くことはなかったようです。

「僕は僕らしく」とかその辺が、スペクターサウンドっぽくて
似ていると思われる部分もあるのかもしれません。
僕的には、あれはポールの「COME AND GET IT」デモテイクを
完成させてあげようという試みだったのです。
作った当時は、まだビートルズのアンソロジーリリース前で、
ブートの「ウルトラ・レア・トラックス」のバージョンを参考にしたのです。
あの録音ってスペクターと言うか「ハロー・グッドバイ」っぽいじゃない?
だからそれをゴージャスにしてあげたわけです。
あれのドラムのオカズとか、ポールっぽいでしょ?それも意識してですね。

もうひとつスペクターかなと思うのがある。「君は君らしく」だね。
録音当時は本当に苦労したんで、そのことしか覚えてなかったんだけど、
後から振り返って
「あー、あれって All Things Mast Pass だねー」と自分で気づいたわけ。
つまりスペクターですよね。アップル時代のスペクターです。
これはフリークにとっては邪道なのかもしれないけど、
僕等ロック世代にとっては、
アップル時代のスペクターの音壁のほうがリアルなんだから。
今でもあれと「ジョン魂」の音像は素晴らしいと思います。

そんな感じで録音が進んで「それぞれの夏休み」なんだけど
これも少しナイアガラっぽいのかな。僕としては、さっき書いた
僕自身の81~84年に対するオマージュ的な感じで
エリック・カルメンとかを意識したんですが、そういう要素もあったかもしれません。
歌が終わって最後のストリングスの部分は、映画のエンドタイトルを意識したもの。
クレジットが上に流れていくやつ。で、最後のピアノで The End。
自分で言うのもあれだけど、良くできてるわーって今でも思う。
早くリマスター版作らなきゃね。マルコポールはベストだから。

で、それらの曲を、とっても Nさんが気に入ってくれて、
大滝さんっぽいとか言ってくれて。
嬉しかったんで僕もそれに応えようと思ったんですね。当時。
それで「夢見る Blue Moon」とかをあんな感じで作ったわけです。
季節もちょうど夏だったので楽しかったですね。
イントロに、もろ大先生風コーラスを入れて大サービス。
で、張り切ってエンディングにも入れようと思ったら、
マルチのテープが引っかかって止まってしまった。
それでこの計画がボツ。
なのであの曲にはエンディングにコーラスがないんですよ。
本当はイントロと同じのを入れる予定だったのよ。ガッカリでしたね。
しょうがないけど。マルチを破損してしまうわけには行かない。
泣く泣く諦めました。

結局自分の思い出話になってしまったな。はは。

イーチタイムの始めの印象は「覚えにくい」だった。
何度聴いても曲を覚えられなかったです。
わざと複雑に作ったのだろうか、それとも
製作が進んでくると到達する「必然」みたいなものだったのだろうか。
その答えはこれから出るのではないかな。

そんなことを今、聴きながら思っています。

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2004年9月 2日

winamp で karaoke 生中継


変なチャンネルを発見した。
どこかのカラオケで素人の人がずっと歌ってるのだが
インターネットテレビなので映像なんだよ、これが!
カラオケ生中継。

見たらいきなり白人ねえちゃんが
ZEPの「what is and what should never be」を
エッチっぽく熱唱していて爆笑。

日本人も出るらしいけど。どこでやってるんだろ。
ともかくこれは面白いわ。しばらくやめられん。

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